パナソニック ホールディングス株式会社(以下、PHD)では、高い専門性で活躍する技術者を対象に、専門性を評価し活躍を後押しすることで技術による価値創出強化を目指す「高度専門職制度」が2015年から導入されています。2021年に制度リニューアルを行い対象が拡大し、今年度は技術系で約20人、生産技術系で約15人の技術者が任命され、それぞれの専門分野で活躍しています。専門性を究めることで描ける新たなキャリアパス。この施策に込めた狙いや想いとは――。PHD技術部門の経営責任者と人事責任者、担当者がそれぞれの立場から、制度2年目の現在地について語り合いました。
2022年10月
プロフィール
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伊藤 伸器
パナソニック ホールディングス株式会社
技術部門 テクノロジー本部 本部長 -
下田 伸治
パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社
人事部門 人事センター 人事一部 部長 -
日置 謙一
パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社
人事部門 人事センター 人事一部 -
浅沼 大介
パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社
人事部門 人事センター 人事一部
目次
DEIと専門性の2軸でイノベーションを生み出す
高度専門職を導入した背景、検討段階で重視したことは?
制度の検討にあたり、私は現場のマネージャーの方々との対話から始めました。そこでの一番の発見であり確信は、「素晴らしい個」の存在でした。例えば、ある技術分野ではパナソニックグループでも指折りで、「この人がいなければ成り立たない」といった方。また、対外的にパナソニックグループを代表する立場で活躍している方などが何人もいます。しかし、制度上そういう方々を十分にカバーしきれておらず、各職場に埋もれさせてしまっていると感じました。PHDの技術部門には、高い専門性を持っていて、それを活かして事業貢献している方は確かにいる。そういった方々にしっかりと光を当てる。個人的にはここに使命感を持って、制度の見直しを進めました。
当初からテーマとしたのが「若い層も当事者意識をもてる」ということです。経験から培うマイスター的な技術もあれば、例えばAIのように、世の最新を捉えながらより伸長すべき技術もあります。実績を優先すると社歴の長い方がノミネートされますが、最先端の技術レベルに注目すれば、若い層も当然いますよねと。実際に今、上は50代の方から、20代、30代の若手層の方も多く任命され、目指していた状況になっています。
1人の技術者から好循環が生まれる
この制度を固めていく中で、強く意識していた点は?
一つは、技術者の方が専門性を軸にキャリアパスを描けるようにする、ということです。技術部門はほとんどの方が専門職ですが、従来は課長や部長といったマネジメント職としてキャリアを描いていくイメージを持っている方が多かったと思います。なので、専門性を高め、事業に貢献することできちんと評価され、専門職としてもキャリアアップしていける、そういう世界を目指しました。あとは任命にあたって公平性、透明性を担保することです。審議委員会を設け、複数の経営幹部が一人ひとりについて議論したうえで、任命を判断しています。
もう一つ、意識したのがブランディングです。皆が憧れを持つロールモデルとして、特に若手層の目標となるように「リード」「シニア」「プリンシパル」などの役職名を定めました。この役職名は社内に掲載されますから、任命者は改めてオフィシャルに専門性が認められたと実感できますし、周囲からも「プロフェッショナル」だと認知されます。見える化され、相談や依頼が増えれば、おのずと高度専門職の方の活躍フィールドが広がっていきます。周囲の技術者の方とも協力しつつ、多くのお困りごとに対応していく、そこで周りの方も鍛えられて伸びていく好循環が生まれます。
そうした好循環は、部門全体、広くはグループ内にも好影響を及ぼしそうです。
若手が高度専門職に選ばれ、すでに専門分野に関するセミナーを開いたり、社内の相談窓口になったりする事例も出てきています。そうしてプレゼンスを上げることで、新しく入社した方にとって年の近い先輩が「目指したい姿」になっている事例があります。技術部門の経営責任者として私が目指すのは「全員活躍」している組織です。ハンディキャップのある人も、勤務時間が限定される人も、もちろん年齢や性別も分け隔てなく、全員に活躍してもらえるように。松下幸之助創業者の言葉「事業は人なり」を実践しながら、働く環境も整えて、全員がイキイキと活躍できる組織を目指しています。これは下田さんが冒頭で話したDEIにも通じることかと思います。
突き抜けた個がコアになりさらに強い集団をつくる
技術の専門家集団、テクノロジー本部が目指す姿とは?
私たちの行動指針は「事業を生み・育て・立ち上げる」。大事なのは、0 to 1にあたるPoC(Proof of Concept)を生み出すだけでなく、パナソニックグループが連携して、1 to 100、1000へと広げ、アイデアを商品に結びつけ、お客さまにお役立ちすること、ご愛顧いただくことです。技術とは、世の中の商品や事業にお役立ちしてこそ活きる――。その実現が2022年4月に打ち出されたパナソニックグループのブランドスローガン「幸せの、チカラに。」ともつながっています。
人事部門は、組織が成果を上げる前提として「個がどう力をつけ、成果を発揮していくか」を重視しています。われわれは事業への貢献を大前提としながらも、世界トップレベルの新しい技術を研究開発する部門ですので、個のイノベーションを生み出す能力、クリエイティビティー、プロフェッショナリティーが求められます。突き抜けるような個の力、それを人事からどう実現していけるか。その解像度を上げていく意味で、高度専門職は一つの答えです。
ここ数年で感じるのは、新卒もキャリア採用も、求める人材像がクリアになったこと。例えば、材料やデバイス、AIやソフトなどそれぞれの技術領域がありますが、特に専門性の見立てにおいて、今必要な人材、このくらいのスキル、経験を持った人材がほしいというイメージがハッキリしてきました。そうして集まった技術者集団の中で、高度専門職はいわば光り輝く北極星のような存在になり、そこに周りの動きが連動してきます。高度専門職制度の導入がいい相関をつくり出し、回り始めています。
高度専門職から、新たな事業の創出へ
任命された方には、どのような変化が表れていますか?
任命者の方々へインタビューでは「専門性を認めてもらってうれしい」「モチベーションが上がった」などと喜びの声がありました。また、これまでよりも明確な役割定義を基に上司とメンバー間で業務内容をすり合わせて決めているので、「やるべきことがクリアになり、コミットしやすくなった」といった声も。制度導入の効果を実感しているようです。
任命された技術レベルの高い方が、その周りの方を引き上げる効果があり、職場も自然と底上げされます。そのために推薦する職場の上司が意識しているのが「人物像」です。それは高度専門職たる人格といいますか、その方を任命することで、職場により良い波及効果を与える方。こういった方は、コミュニケーションの面でも優れたものを持っています。
人事担当者から見て、技術者のどういった強みが発揮されていると感じますか?
もちろん、一心不乱に1人で技術開発に打ち込む方で、適時適切に大きな成果を挙げる方もいていい。それが個の力です。一方で、高度専門職においてはコミュニケーション力が一つの基準で、人事として感じるのは、任命される方はそれぞれ個のスタイルを確立している点です。着想を得るために新しいことに触れる、ある意味で自分と直接関係ないことまでを取り込む能力、そこが特徴的です。自分の軸やスペシャリティーを持つ方が、イノベーションの確率を上げるには、偶然の出合いも含めて、違うものを取り込む好奇心、新しい知的なフレームワークのインプットが必要です。高度専門職の方はいろんな人とコラボレーションし、アウトプットを最大化する能力が非常に高いんです。
高度専門職の方にキーパーソンになってもらい、さらに活躍の幅を広げていただきたいですね。世の中のニーズ、お客さまのお困りごとには必ず変化点、変曲点が出てきます。技術開発をしていると、その変化点にうまく出会う瞬間、技術が活きてくる瞬間があります。我々が取り組んでいる技術を活かし、既存の技術も組み合わせて、パナソニックグループの新しい商品、新しい事業を生み出したいと思います。
一人ひとりが輝く、「全員活躍」の実現へ
高度専門職制度の狙い、その実現性を高めていくために、これから必要なことは?
初年度は、部門全体視点でみると制度や任命者の認知度、周囲への影響度も十分とは言えない点が課題です。今年度、2年目で人数は増加しましたが、まだこれからが勝負です。技術者の方々に、より制度や任命者を知っていただくことで、多くの方が高度専門職を目指したい!と思い、専門性を高め、事業貢献に向けて取り組んでいく。結果として任命者が増えていく。そういったムーブメントを起こしていきたいですね。
私は任命された方だけでなく、予備軍に位置する方にも注目しています。例えば、前年はもう一歩というところで任命を見送った方が1年で変わる。そうした伸長を楽しみにしています。また、例えば現在はリードエンジニア/リサーチャーの方がシニアになり、プリンシパルにと役割が引き上がり、その下に新たな高度専門職が生まれてくる、そうした進展を期待しています。
これから課題となる一つが、社外への発信です。採用部門からもいろいろな発信をしていただいていますが、学生さんや潜在的な転職希望者にも、もっとアピールしていきたい。さらには社内にむけては、社員の方にもより高度専門職を知ってもらい、社内外にいろいろな好循環を生み出すように仕掛けていきたいと思っています。
世の中のニーズの変化から、私たちが手掛けられていない技術分野もまだまだあります。新卒採用もキャリア採用も、そうした分野で能力の高い人に入っていただきながら、高度専門職の任命者を増やして層を厚くしていくことが重要だと考えています。また、今スポットライトを浴びていない方、あるいは少し埋もれている方も、素養をうまく伸ばせば必ず活きてくる局面が出てきます。私が好きな創業者の言葉の一つは、「人間は磨けば輝くダイヤモンドの原石」。持っているものをさらに伸ばす施策を打ち、高度専門職の方も、そうでない方も育っていく組織にしたい。それが私の目指している「全員活躍」です。
*所属・内容等は取材当時のものです。
現在の高度専門職制度の導入は「お客さまへのお役立ちを最大化するために、どうイノベーションを生み出し、技術を事業にしていくのか?」という課題意識からでした。イノベーションには2軸が必要です。一つはリソース全体の多様性を加速するDEI(Diversity、Equity、Inclusion)です。新卒もしかり、キャリア採用もしかり。技術以外のいろいろな職種の方にも来ていただいて多様性を広げてきました。もう一つが専門性、プロフェッショナルの軸。そのメインに据えたのが人事制度の改革、高度専門職制度でした。