新素材の太陽電池で、
エネルギー社会を変革したい。
研究開発 松井 太佑
入社後、最初に配属されたのは本社研究部門のなかにある材料技術開発部。そこで、彼は有機EL照明のデバイス開発を行っていた。しかし、5年間打ち込んだ開発は突然打ち切られる。パナソニックが、有機EL照明からLEDへと事業シフトしたからだった。「ショックでしたね。けっこう投資もしていたし、販売のための合弁会社もつくっていたので」。だが、この事業転換が、彼の研究者としての大きな転機となる。
落ち込んでいる間もなく、太陽電池の開発チームから声がかかった。しかも、新しい部署に就くと、ローザンヌ工科大学(EPFL)との共同研究のためスイス駐在を打診された。「正直、不安でしたね。太陽電池を何も知らないのに行けと言われたので。でも、外国で研究ができるめったにないチャンスという思いもあり、行くことに決めました」。EPFLでは、世界中から40名ほどの技術者が集まっていて、テーマごとに4~5名のチームを組んでさまざまな研究を行っていた。
彼のチームが取り組んだのは、「ペロブスカイト」という新素材を使った太陽電池の発電効率の向上だ。そして1年もする頃、その成果が現れる。なんと、当時の発電効率世界トップの数値をはじき出してしまった。「世界最高峰の『Science誌』に論文が載ると決まった時は嬉しかったですね。研究者でも一生に1度載ったら光栄という雑誌なので。まわりの人や、スイスに行けといってくれた人にも、みんなに感謝したい気持ちでいっぱいでした」。帰国後、いろいろな学会で講演したり、記者発表もした。そして、何よりもEPFLで世界のトッププレイヤーたちと切磋琢磨したことで、彼の世界は大きく広がったという。
現在、彼は引き続き「ペロブスカイト」の研究を行っている。「従来の太陽電池は、シリコンを使って800度くらいの高温で生成するのですが、このプロセスに高いコストがかかっていました。この材料のすごいのは、基材にインクをピュッと塗るだけで簡単に太陽電池ができてしまうところで、格段に安いコストでつくれるし、フレキシブルにもできるんです。発電効率も20%を超え、現在の太陽電池に近づいてきています。これが実現できたら、太陽電池の概念がガラッと変わりますよ」。
「ペロブスカイト」の溶液は、屋根瓦や、建物の外壁材はもとより、将来的にはクルマのボディなど何にでも塗ることが可能になるので、およそ日の当たるものは何でも発電できるようになるという。そうなれば、エネルギーや資源の問題にも、解消の糸口が見えてくるかも知れない。しかし、まだクリアしなければいけない課題は残っている。実験室から屋外に出た時に、耐久性をいかに保てるか。そして、現在30cm角ほどの発電面積をどこまで大きくできるかだ。数年後の実用化をめざして、彼はその課題解決に取り組んでいる。
実験室で発電量計のモニターを見つめながら、彼は語った。「企業研究者として、自分が育てた材料やデバイスが世の中に出て、社会を変革することが私の一番の夢です。今は太陽電池を研究開発しているので、自分たちの製品がたくさんの家やクルマに搭載され、再生可能エネルギーの普及が進むことを願っています。同時に、一研究者として、世界に名を残せるサイエンティストになりたいという野望もあります。『Science誌』に、2度3度と載るような成果を出して、この分野のキーパーソンになれたらいいなと思っています」。教職の道を志したこともある彼の、アカデミックな一面も覗かせた。