光の技術で新しい価値を生み出せる、
オンリーワンの存在になりたい。
研究開発 八子 基樹
勉強ができる。運動ができる。これらは、小学校で認められる重要な要素だろう。八子基樹は、そのどちらの資質も持っていた。かけっこが早く、運動会ではいつも一等賞だった。小学校高学年から陸上部に所属。以来、陸上競技は大学まで続けた。一方、好奇心が人一倍強く、「なぜだろう?」と思うものに出会うたびに、図書館に行って調べ尽くした。「なぜだろう?」が「なるほど!」に変わる時の快感が、彼の知識欲をさらに大きく育てた。将来、就きたい職業はこれといってなかったが、「人に認められる価値を持つ人になりたい」とずっと思っていた。そして、彼は東大をめざした。現役で東京大学の工学部に入学。マテリアル工学を専攻した。大学院ではシリコンフォトニクスを研究。シリコン基板上に光素子を集積する技術を研究し、さまざまな光デバイスの作製に取り組んだ。「自然は絶対に嘘をつかない。どれだけノイズに紛れていても、必ず真実はどこかにあるはずだ」。修士課程の教授に教わったこの言葉は、彼の研究者としての指針となった。研究で壁にぶつかった時、この言葉を思い出すことでポジティブになれた。そして、パナソニックで働いている今も、彼を支えている。
入社後に配属されたのは、パナソニック本社直属のテクノロジーソリューション本部(現 テクノロジー本部)。ここで、ハイパースペクトルカメラの開発チームに加わった。ハイパースペクトルカメラとは、光を波長(スペクトル)ごとに細かく分けて撮影するカメラで、分光カメラとも言われる。理科の実験でやった光のプリズムを思い起こしてほしい。ガラスの三角柱に光を通すと波長の違いで屈折率が変わるため、虹のようにさまざまな色に分離する。この現象を応用したのが分光カメラの技術だ。人間の目には見えない数多くの光の情報を得ることができるため、生産現場での品質検査をはじめ、さまざまな用途に使われている。彼の最初の仕事は、ハイパースペクトルカメラの試作品の作製だった。「今度の社内展示会で、ハイパースペクトルカメラのデバイスを出品することになった。君に設計から任せたい」と上司から話を受けた。用途は決まっておらず、分光カメラの原理を実証するためのモデルだった。彼には、はじめての分野だった。しかも、タイトなスケジュールが彼を追い込んだ。展示会まで2カ月。作製に1カ月を見込むと設計にかけられる時間は1カ月しかなかった。どんな構造で、どんな材料を選べば良いか、ゼロから考え試行錯誤の日々が続いた。ある程度目処がつくと、見切り発車で作製に取りかかった。大学時代に学んだシリコンフォトニクスの微細加工の技術がここで活かされた。「はじめて思っていた色が出た時は、嬉しいよりも安堵したというのが正直な気持ちでしたね。完成したデバイスを見ると、まるで我が子のように愛しい気持ちになりました。子どもはまだいませんが」と彼は笑った。発表する実験データがはじめて出てきたのは、なんと展示会の3日前だったと言う。それから1年。現在も、彼はこのカメラの開発を続けている。設計→作製→評価を繰り返しながら、検査装置としての実用化をめざしている。
「仕事はたのしいですよ。さまざまな分野の方と出会うことができるのが企業で研究をすることのメリットだと思いますし、それを存分に享受できていると思いますね。また、私たちの部署は博士卒が多く、上から指示されてやるというよりは、自分の意思で自由にやらせてもらっています。もちろん、きちんと仕事を進めて成果を上げなければいけないのですが」と語る彼に将来のビジョンを尋ねてみた。「ハードウェアとしてのデバイス設計開発ができる、というだけでは技術者として競争力を維持するのが難しいと感じています。今後は、ソフトウェアの知見も深めて、これまでにないデバイス・機能・価値を生み出し、光の技術者としてオンリーワンの存在になりたいですね」と目を輝かせた。「人に認められる価値を持つ人になりたい」。子どもの頃から彼のなかにあるベクトルは、今も真っ直ぐに伸びている。
関連リンク
論文(2023年1月26日):世界最高感度のハイパースペクトルイメージング技術を開発