人々の日常も、地球の未来も、
もっとよくするショーケースを開発したい。
設計開発 太田 美奈
何かに夢中になった経験は、無駄にはならない。太田美奈はそう確信している。子どもの頃、好きなことを見つけるとずっとそればかりやっていた。たとえば一輪車が好きだった時は、どこへ行くにも一輪車で移動。その時の経験が、思いがけないところで役立つこともあった。「学生の時、児童館のアルバイトで子どもたちに一輪車を教えることができました。当時はただ好きでやっていたことを、活かすことができたんです。そんな経験が何度かあって、好きで熱中したことは無駄にならないと信じるようになりました」。
その確信は、進路を決める際も力をくれた。高専で材料工学を専攻し、廃棄物から金属を回収するリサイクルの研究に没頭した。将来は研究職の道へ進もうと大学院へ進学するが、そこで挫折を味わう。「周りのレベルの高さを思い知り、私には研究職は向いていないと気づきました。5年、10年と長い時間をかける研究よりも、もっと短期間で結果を出すことができて、生活に身近なものを手掛けたいと思うようになりました」。そこで研究職としての道をあきらめ、開発職としての就職を決断。迷いもあったが、研究に打ち込んできた経験は、後に必ず役に立つという確信が背中を押した。就職活動では、人々の生活をよりよくするモノづくりがしたいという想いから、くらしに身近な製品を手掛けるメーカーを志望。そのなかで、パナソニックグループの若くてもやりたい仕事や海外勤務などにチャレンジできる企業風土や、選考を受ける前にもかかわらず親身に相談に乗ってくれる先輩社員の「人のよさ」などに魅力を感じて入社を決めた。
入社後はコールドチェーンを担う部門に所属し、コンビニ向け冷蔵ショーケースの機構設計を担当している。店舗のレイアウトや販売方針といったお客さまの要望や課題、電気代高騰や人手不足など社会の変化に対して、課題解決となるショーケースを開発する。コールドチェーンを志望したのは、人々のよりよい生活に貢献できることと、多品種・少量生産であり、製品に深く関わる開発スタイルに魅力を感じたから。1機種の機構設計を基本的にひとりで担当し、設計、試作、試験、改良などをトータルに手掛ける。「入社前に先輩から『深く追求して開発すると、品番=私の担当機種だと自信をもって言えるようになる』と聞いていたのですが、まさにその通りでした。またコンビニやスーパーに欠かせない製品を通じて、人々の食生活を支えているというやりがいも大きいです」。
配属直後、先輩の元で「扉つき冷蔵ショーケース」の開発に携わった。CADや冷却試験、溶接などの実務を学び、部品サプライヤーとのやりとりも経験した。製造や施工の現場に立ち会う機会もあり、組み立てやすさや設置・施工のしやすさまで考慮した設計の大切さも知った。
そして配属から3カ月後、早くも製品の主担当を任される。「想像以上に早く任せてもらえて、驚きました。もちろん先輩のフォローがあり相談すれば丁寧に教えてもらえますが、基本的には一任されており、若くても任せてもらえる風土を実感しました」。
担当した製品は、1台で2つの温度を設定できるタイプの冷蔵ショーケース。ショーケース庫内の上下で温度帯を分けることで、適温が約18度のおにぎりと約5度のお弁当を1台のショーケースに陳列できる利便性の高い製品だが、その分設計の難易度も高い。特に太田を悩ませたのは、異なる温度が共存することで発生する、大量の結露だった。商品に水が垂れることは絶対にあってはならないため、気流や風速、ファンの形状や仕切りの位置など細かな調整を重ね、試作と試験を繰り返した。「うまく冷えなかったり、冷えたと思ったら全面結露したり、次々と問題が生じて、ショーケースのことで頭がいっぱいでした」。そんな太田を支えたのは、経験豊富な先輩たち。「部署の先輩だけでなく、以前に同タイプの製品を担当していた方から話を聞くなど、いろいろな角度から意見やアドバイスをいただきました。先輩たちも過去に同じような経験をしてきたから気持ちを分かってくれて、喜んで相談に乗ってくださったのでありがたかったです」。およそ半年におよぶ試行錯誤の末、開発はほぼ終了。現在は生産・発売に向けたステップへと進んでいる。
こうして経験を重ね、モノづくりの奥深さを知るなかで、学生時代の記憶が蘇えった。「リサイクルの研究をしていた時、製品開発の段階でリサイクルのことももう少し考えられないのかと、よく話していたんです。でも自分が開発する立場になったら、製品を使い終わった後のことまでは考えていませんでした」。その気づきから生まれた目標が、製品開発を通じて環境問題と向き合っていくこと。「今も省エネ性の追求や、CO2の削減などに取り組んでいますが、それらは使用時のみに関するものです。今後はリサイクルを見据えた設計をするなど、製品の生産から廃棄まで、ライフサイクルを考えた開発をしていきたいです」。かつてリサイクルの研究に打ち込んだ太田だからこそ、強みを活かして取り組める目標だ。やはり、熱中したことは無駄にならない。またひとつ、自身のキャリアを通じて確信を深めた。