知財発の、クロスバリューイノベーションを
起こしたい。
知的財産 佐藤 あすか
「青色LED訴訟和解」のニュースを見たことがきっかけだった。「職務中に発明した技術の対価として、一社員に8億円もの大金が支払われる」。この事実に、高校生だった彼女は驚き、興味を惹かれた。そして、「職務発明の対価」をテーマに高校の卒業論文を書き上げると、大学の法学部では、ゼミで知的財産法を学んだ。「将来、この知識を活かせる仕事に就きたい」。そう考えたのは、自然な流れだった。
入社後、配属されたのは、本社の知的財産部門。希望通りの部署に就くことができた彼女に、試練が待っていた。初仕事となったフランス企業とのライセンス交渉。相手企業の持つ特許技術を、ロイヤルティを支払って使用させてもらうための交渉の議事録を取る仕事が与えられた。そして、手渡された英文の契約書を見て唖然とする。そこには、契約上の専門用語はもちろん、技術に関する特殊用語など見知らぬ英単語がズラリと並んでいた。英文の契約書を見るのは、初めてだった。帰国子女の先輩が「分からないことがあったら、何でも聞いてね」とやさしく声をかけてくれたが、「あっ、ハイ」と言うのがやっとだった。案の定、交渉の議事録は取るすべもなかった。悔しかった。英文契約が大半を占めるこの仕事、自分の未熟さを痛感した。そして彼女は、その日からOJTの傍ら、英文契約の本を何冊も買って読み、技術に詳しい人から知識を吸収し、猛然とスキルアップに励んだ。「実務がこなせるようになるまで、最低でも1年はかかりましたね」。感じた悔しさが、彼女を大きく成長させた。
入社4年目には、初の海外出張を経験。交渉のメインスピーカーを務める。海外のライセンシーから、億単位となる未払いのロイヤルティを回収する重要なミッションだ。チーム内で交渉戦術を入念に検討し、万全の体制で乗り込んだ。「先方の最初の質問内容が想定外で、頭が真っ白になってしまいました」。そんな苦い経験もしたが、2年半にわたる交渉の末に回収することができた。自分の仕事が会社の利益に直結し経営貢献できる。その醍醐味を、彼女は肌で感じた。この経験は、後に2度「事業部長賞」を受賞する礎となった。
現在の仕事は、「共同研究契約」や「秘密保持契約」など、研究開発部門が他社と交わすさまざまな契約を知財の視点からチェックし、法務と連携してサポートする業務を担当している。「技術提携の案件では、早期の段階から参画するよう心がけています。交渉を少しでも有利に進めるには、そもそも、どんな会社と提携すべきかから検討することが重要ですから」。知財はさまざまな情報が集まってくる部門。その情報を使って技術戦略や事業戦略を立てて研究開発部門をリードする。そんな司令塔的な役割も担っている。
入社から10年、ひたすら知財の道を歩んできた彼女は、これからの目標をこう語る。「入社時の講話で『モノづくりは、技術部門のみならず、営業、販売、アフターサービスまで含めて定義する』と聞いた時、自分も『モノづくりチームの一員なのだ』と意識が変わりました。私は、知財を武器にして、技術、製品、アライアンスなどをつなぐ戦略部門のハブになり、いつか知財発のクロスバリューイノベーションを起こしたいですね」。そんな希望に燃える彼女に、人生で一番幸せだったことは?と尋ねてみた。「結婚、出産を経験し、公私ともに充実している今が一番幸せかも知れません。この会社は、育児をしながら働くための制度もしっかりしていて、まわりの人のサポートにも本当に助けられています」。彼女の顔は、キャリアウーマンにも、やさしいお母さんにも見えた。