EV車に搭載する電池で、
環境とくらしに
新しい当たり前を運びたい。
生産技術 坂本 篤
どうして日本では、自然エネルギー発電の普及が進まないのだろう。大学生の坂本篤は、そんな疑問を抱いていた。自然とは予測不能なもの。風力発電や太陽光発電は、必要な時に必要な電気が得られなかったり、天候などの条件が良い時には必要以上に発電され、むしろ電力をロスしなくてはならない場合もあったり、自由自在に発電ができない。そこにある壁と社会のベース電源になれない現実を知った。ならば、優れた電池があれば、そこに電力を蓄えて、余すことなく電力を使えるのではないだろうか。また、これから自然エネルギー発電の必要性は、いっそう高まっていくだろう。その想いと確信から、電池の国内シェアトップであったパナソニックを就職先に選んだ。
現在は、車載向けリチウムイオン二次電池、つまりEV車(電気自動車)のための電池の開発に携わっている。電池には、さまざまな種類があり、生活する上で馴染み深い円筒形の小型電池もあれば、車に搭載されるような四角い大型の電池もある。電池が完成するまでの工程は多岐にわたり、仕事や求められるスキルも幅広い。生産設備の開発設計や生産性を向上させるための業務など、坂本自身もさまざまな役目を担っているが、そのなかでも専門として取り組んでいるのが極板の製造工程だ。極板とは、電池に電力を蓄える重要な役割を担っている部分。まさに、電池の性能を左右する要と言える。
学生時代に蓄電池の分野を専攻していたが、研究と仕事ではやらなければいけないことも異なり、戸惑いも多かったという。「最初は開発のスピードについていけないと感じることもありましたが、先輩に聞きながら、一つひとつ仕事を覚えていきました。所属する部署では、実践で育てようとする風潮があります。早くから現場で経験を積めたことが成長につながったと思います」。
現場で人を育てる。それを直に体感したのは入社2年目のこと。大きな転機が訪れる。その頃パナソニックは、アメリカで自動車メーカーのテスラ社と共に車載用リチウムイオン二次電池を生産する工場「ギガファクトリー」の立上げを進めていた。ここに、日本からの開発メンバーとして参加することになったのだ。渡米し、現地に滞在したのはおよそ3カ月。生産設備を納入するプロセスに加わった。「アメリカに行く時は、不安しかなかったです。まだ入社2年目で、図面の描き方も学んでいるところだったので、自分がローカルスタッフに対して指示できることも限られていました。それでも、アメリカでの働き方や既に進んでいた生産工場の設備について教えてもらい、こちらからは日本で開発した改善システムについて説明し、サポートし合う関係を少しずつ築いていきました。現地のスタッフにも同時期に入社した社員がいて、滞在期間の終盤には一緒にドライブしたり食事に行ったりするまでに関係を深めました」。
誰かと共に仕事を進めることは、自分にはないものに触れられる機会だと話す。周りから得られた考え方、戦略、ノウハウの一つひとつを自分の成長の種として育てられれば、きっと次の仕事でも求められる存在になれるはずだと考えている。振り返れば、入社の際もパナソニックで働く人に惹かれていた。「社会人になると、やりたいことだけをやれるものではないと考えていましたが、入社前に現場を見聞きした時に、社内の方々がとてものびのび働いているように見えたんです。どのような技術があるのか、どのような戦略を持っているのか、グローバル視点はどうなのか、そういう目を持って就職活動を進めていましたが、今となって振り返ると人の存在が大きい。親身になってお互いをサポートし合う環境もあり、難しい案件であってもひとりで戦わなくていいと思わせてくれるチーム感がここにはあります」。
現在は、極板だけでなく、電池の製造に不可欠な材料である粉体の開発も任されている。先輩の背中を追う立場から、自分の強みとなる領域をどんどん広げる段階へと歩みを進めている。「リチウムイオン二次電池で、最も貢献できる会社にしたい」。その想いから生み出された電池を搭載した車が今、世界中を走っている。そこには、環境とくらしをより良い方へと変えていけるという確かな手応えがある。坂本もまた、電池によって動き前進しているのだ。そして、間違いなく未来の鍵を握っているリチウムイオン二次電池は、これからもさらにその性能を高めていくだろう。