パナソニックの#はたらくってなんだろう 後発メディアをデファクトスタンダードに。20年、進化を続けるSDカード

仕事場と前田 卓治さん

製造企業活動の源泉である技術者の創造性、専門性、勤勉性向上の奨励を目的に、パナソニック全社から優れた技術開発の栄誉をたたえるパナソニック技術賞。故中尾哲二郎技術最高顧問の技術者魂を永年に亘って伝えることを主旨とした中尾記念賞には「SDカード共通基盤技術の開発と標準化/普及推進によるデファクト化」が選ばれました。
SDカードは、1990年代後半、後発メディアとして開発されましたが、今やデファクトスタンダードと呼ばれるほどに発展しました。その普及を支えた技術の裏には、ビデオカメラやオーディオ機器など幅広い製品を世に出し続けてきたパナソニックだからこそ生まれえた発想がありました。20年以上にわたってソフトウエア開発とSD規格の標準化を担当してきた前田卓治さんにこれまでの歩みとSDカードのこれからについてお聞きしました。

2023年02月

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プロフィール

  • 前田 卓治

    パナソニック コネクト株式会社
    技術研究開発本部 先進技術研究所 標準化推進室 (兼) シミュレーション研究部

    前田 卓治さんのプロフィール画像

目次

  1. 強みは「パナソニック」であること
  2. 追究を続けた「使いやすさ」
  3. MY WORKPLACE
  4. 常に誠実に。Win-Winな規格策定を目指す

強みは「パナソニック」であること

着席して話す前田さん

SDカードの開発背景と業界標準化団体「SD Association」設立の経緯を教えてください。

90年代の記録メディアを取り巻く状況を振り返ると、映像はVHSテープ、音楽はCD、PCやワープロはフロッピーディスクの使用が一般的で、それぞれ用途に応じて利用機器が限定されており、異なる機器間で互換可能なメディア規格がなく、データを気軽に行き来させることができませんでした。また、当時音楽配信を本格的に開始しようとする機運が高まり、CDに代わる音楽記録用メディアが求められていました。 パナソニックはポータブル音楽プレーヤーの開発を皮切りに、さまざまな機器で横断的に使用できるブリッジメディアを作りたいと考え、当時使われ始めていたフラッシュメモリーに着目しました。ただ、フラッシュメモリー技術の蓄積を持たない当社は半導体メーカーと開発を進める必要があり、サンディスク(現ウエスタンデジタル)と東芝(現KIOXIA)と共同で規格を立ち上げることを決め、標準化団体SD Associationを設立しました。サンディスクと東芝がフラッシュメモリー技術を提供し、パナソニックは主に応用機器をリリースするという連携です。

左から128GB、64GBのSDカード

メモリーカード提携発表会の様子

三社共同開発による強みは?

当時、メモリースティックなど、競合するフラッシュメモリーカード規格がすでに登場していましたが、市場は統一されていませんでした。競合規格はフラッシュメモリーメーカーなどが1社主導で作り上げているものが多く、物理的な仕様は決めても、ファイル管理やアプリケーション管理などの規定は少なく、異なる機器間でのデータ互換性が取りづらい状態でした。SDカードは後発メディアでしたが、フラッシュメモリーメーカーだけでなく、パナソニックというコンシューマ機器メーカーが参加しているのが特徴で、これが大きな強みになったと思います。

SDカードは物理的仕様のみならず、さまざまな機器で同じようにデータを扱うためのデータフォーマット規格を定めました。共通のファイルシステムを介してデータが音声や映像などのアプリケーションにつながる仕様で、さまざまなアプリケーション規格が展開可能になりました。「SDカードをブリッジメディアに」というパナソニックを始めとする各社の想いが結実した規格です。

規格策定でご苦労された点を教えてください。

前提として、開発者目線からするとフラッシュメモリーには使い勝手が悪い特性があるのです。例えば、ブロック消去といって、データを記録する前にある程度まとまったブロック単位でデータを消去しなければ上書きができない特性や、書き換えることのできる回数に寿命がある特性などが挙げられます(図1)。お客さまに長く使用してもらうために、フラッシュメモリーが抱えるブロック消去などの固有の問題をクリアしなければなりませんでした。クラスタと呼ばれるデータ領域への書き込み単位をブロックの長さと一致させる「領域アライメント技術」などを開発し、書き込み性能と寿命を向上させました。

(図1)フラッシュメモリーの記録特性の説明図

普及推進の面では?

SD規格の策定をSD Associationで推進し、並行してSDカードを活用してもらうためにミドルウエアの開発を進めました。AV機器や家電など、社内外で21の商品カテゴリに開発したミドルウエアを展開することで、幅広いジャンルの応用商品でSDカードの性能を活かした商品開発が可能になりました。

SD Associationは参加した企業が、自由に規格提案できる団体となっています。立ち上げ時の3企業が基本仕様を固めつつ、参加した企業と一緒になって新しいメディアの世界を作り上げるという理念を大切にしてきました。

追究を続けた「使いやすさ」

社内でPCを持って立つ前田さん

時代の変化に合わせてSDカードをどのように進化させていきましたか?

半導体技術の革新は目覚ましく、SDカードに搭載するフラッシュメモリーの容量は増加の一途をたどりました。それにあわせて、規格上の最大容量を初期バージョンの2GiB*から、現在は最大128TiB*まで増加させました。また、撮影機器の進歩に伴って、画像・映像の高画質化・高フレームレート化が進みました。そこで問題になったのが、SDカードのデータ書き込み速度です。

*GiB、TiB:それぞれGiga binary Byte、Tera binary Byteの略称でギビバイト・テビバイトと読む。10進値で計算されるGB・TBと異なり、より正確にストレージ容量を表記するために2進値で表記したもので、一般的にメモリーおよびディスク・スペースの値を表す際に使用する。

フラッシュメモリーはまっさらな状態から、大容量のデータを書き込む速度は速いのですが、小データを細かく書き込む作業が非常に苦手。書き込み速度も一定でないため、実はムービーの記録には不向きです。そこで、「保証条件ネゴシエーション技術」や「記録データ種別識別技術」、「ストリーム記録中断/再開技術」を開発して、HD画質、4K画質など増大を続ける大容量映像データの書き込みに対応してきました(図2)。一連の速度保証技術も実際に当社でビデオカメラを開発しているから見えてきた課題で、規格を使用するメーカー目線がSD規格の進化に欠かせませんでした。こうして、SDカードはフラッシュメモリーが持つメカレス・堅牢・小型という特性に加えて、高い機器互換性、著作権保護機能、長寿命、高速アクセスを実現しました。世界標準規格化によりデファクト化を果たしたSDカードは 民生から産業まで 幅広く社会に浸透し、累計枚数50億枚以上、シェア99%超を達成しました。

(図2)速度保証技術の説明図

SDカードの目指す先は?

クラウドやネットワーク環境が充実し、スマートフォンなどの機器が手軽にネットにつながるようになった今、SDカードの役割もブリッジメディアから、端末側で記録を残す用途に特化した役割へ変わってきたのではないかと考えています。アンドロイド端末で、microSDカードを使用する場面が多いと思いますが、ああいった抜き差しをほとんどしないセミエンベデッド(半埋込型)のストレージとしての用途が重要になると感じています。

プログラムをSDカードから起動する機会も増えるので、電源が入った後にSDカードからデータが出力されるまでの時間短縮や、より強固なサイバーセキュリティ対策などの新たな技術革新が求められており、高速・大容量化を軸に進化を続けてきたSDカードが、新たな方向性に進む転換期にあると感じています。

MY WORKPLACE

パナソニック コネクト株式会社 技術研究開発本部 先進技術研究所 標準化推進室(大阪府守口市)

デスクの上にPCが並んでいるオフィスの様子

標準化推進室では現在SDカードのほかにも映像や音声などを1本のケーブルにまとめて送れる通信規格であるHDMIなどの共通規格を策定して、お客さまへの利便性向上と市場拡大を目指しています。

共通規格の開発・標準化推進は、関係各社との協議が一番の仕事です。メーカーごとの製品群や開発環境、企業風土まで熟知した上で、お互いに譲れない駆け引きの連続です。何より大事になるのが、人間関係。標準化推進室のメンバーも担当している規格を熟知しているのは当然のことながら、それに加えて社内外の関係者・担当者の本音まで心得たベテランが多いです。幅広い製品で使われる共通規格を策定する上で、社内の商品企画や設計、現場の方などにも相談させていただきながら、モノづくりがしやすい仕様を定めています。

常に誠実に。Win-Winな規格策定を目指す

笑顔で話す前田さん

これまでを振り返り、一番の転機は?

SD規格の立ち上げと、SDカード、オーディオプレーヤーの発売を同時並行で行っていた99年から2000年までが一番苦労しました。関係者一同、初めて作る商品だったので手探りで何度も試行錯誤しながら開発し、第一世代の商品の量産が落ち着くまで、周囲と協力しながらなんとか乗り越えました。大変だったけれど、すごく充実している時期でもありました。世界初のSD商品が発売された当日、店頭で手にしたとき、モノを作って世の中に出すってこういうことなのだと改めて感動しました。

大切にしている心構えは?

最終的に世の中のお客さまが手にする製品をイメージすることですね。お客さまが実際に使われているシーンを想定して、そこから逆算することで本質的な技術課題を洗い出すようにしています。お客さまの使い方が変わってきているなら、いち早く新しい用途に合わせた新規技術を開発し規格に盛り込み、お客さまに寄り添って常に進化し続けることも大事だと思います。

技術の良し悪しだけで規格の仕様が決まることはまれです。協議の場では常に正直に、真剣に臨み、相手の本当に求めるところ、こちらが譲れない要求をすり合わせていきます。信頼関係を構築して、Win-Winになれる規格策定を目指しています。例えば、デジタルカメラで使用する新しい仕様を盛り込むならば、複数のカメラメーカーさんに声を掛けて共同提案者になっていただくなど、業界全体で仕上げていく意識を忘れないようにしています。

若い技術者へのメッセージをお願いします。

今自分がやっている仕事は何のためのものか、どういう使われ方をするもので、誰が喜んでくれるのか、どんな価値が生まれるのかという視点を持ってほしいと思います。そして、それを分かりやすく伝える力も身に付ければ、力を貸してくれる人たちが自然と集まってきます。また、人の話もそうですが、自分のところにやってきたものを一度は受け止める柔軟さも大切だと思います。

*所属・内容等は取材当時のものです。

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