パナソニックの#はたらくってなんだろう 長年の実験と観察が実を結ぶ、常識外のソリューション

笑顔で話す石上 陽平さん

ナノイーXを実現した静電霧化技術の開発

もっと広い空間で、もっと短時間で、ナノイーの効果を発揮させたい――。
初搭載から13年、多くの製品に搭載され、お客さまに広く受け入れられたナノイーは、社内外からさらなる改良の期待が寄せられていました。パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社の石上陽平は、これまで大気中では安定して観測することすら困難だった放電形態に着目。地道な観察と、材質や形状の異なる100を超える試作品の製作を繰り返し、ついにナノイーに含まれるOHラジカル※1の発生量を従来の約10倍にあたる4.8兆個/秒にまで高めました。大幅な性能向上を果たした発生装置は「ナノイーX」の新ブランドとなって普及しています。今や洗濯機や温水便座、食洗器など幅広い製品で実装されているナノイーXはどのように開発されたのか、話を聞きました。

※1 OHラジカル:Oは酸素、Hは水素で、OHラジカルは酸素と水素がくっ付いたラジカル分子。不対電子を持つ不安定なOHラジカルはほかの物質からHを抜き取り、H2Oに変化する。Hを抜き取られたニオイ成分やアレル物質は分解・抑制される。

2022年06月

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プロフィール

  • 石上 陽平

    パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社

    石上 陽平さんの顔写真

目次

  1. INTERVIEW
  2. TECHNOLOGY
  3. PRODUCT
  4. MY WORKPLACE
  5. MESSAGE & YELL

INTERVIEW

未知のリーダ放電が桁違いのナノイーを生み出す

すでに実用化されていたナノイーの課題とは?

ナノイーに関わり始めた2008年ごろ、すでにBtoC、BtoBで広く活用されていたナノイーデバイスでしたが、広い空間や短時間での効果を求める声が高まっていました。これに応えるにはOHラジカルの発生量を増やすほかない、というのがチーム共通認識でした。OHラジカルはナノサイズの水粒子であるナノイー粒子に含まれる分子で、花粉などアレル物質の抑制や脱臭・除菌・ウィルス抑制が行えます。

作業する石上さん

ナノイー発生装置で使用されている静電霧化技術は、大気中の水を電極に結露させ、電極に高電圧を印加して微細な水粒子を生成する技術です。放電を介して微細な水粒子を生成し、水粒子のなかには、高反応性物質であるOHラジカルが含まれます。

従来のナノイーでは「コロナ放電※2」と呼ばれる放電形態を利用していました。この放電は安定している半面、エネルギーの小ささとOHラジカル生成領域の狭さがネックで、OHラジカルの発生量に限界がありました。生成領域の拡大と放電エネルギーの増大がOHラジカル発生量を増やし、ナノイーの性能を向上させることがカギでした。

※2 コロナ放電:尖った電極に高電圧を掛けると起きる持続的な放電で、片側の電極周辺に限定して放電が起こる。静電霧化技術はコロナ放電によって帯電した微細な水粒子を放出する技術で、放電を介することでOHラジカルが微細な水粒子に含まれます。

解決の糸口はどのように見つけたのでしょうか?

放電というのはおもしろいもので、電極の構成や流れる電流値によって形態が変化します。2つの電極の間に、まずはコロナ放電が起こります。従来のナノイーの構成では、コロナ放電は水が結露している電極(霧化電極)側で発生し、対向電極と放電はつながりません。さらに印加電圧を高めると、絶縁破壊電圧に達し、大きな空間抵抗を持っていた空気にも大きな電流が流れ、電極間に放電がつながるスパーク放電※3が発生します。

観察機械の写真

OHラジカルの写真

スパーク放電は強いエネルギーを持ち、多くのOHラジカルを生み出す一方で、有害物質も多く発生させ、発熱も伴います。安全性の観点からとても製品化に耐えるものではありません。コロナ放電よりエネルギーを持ちつつも、スパーク放電には至らない中間点を探し出す必要がありました。
来る日も来る日も放電を観察し、記録を続けるなかで、コロナ放電がスパーク放電に移行する直前のほんの一瞬だけ、電流値に特徴的な波形が表れていることを発見しました。観察の結果、放電領域が電極間全体に広がった瞬間、探し求めていた理想的な強さのエネルギーが生み出す電流が流れていることを判明。

コロナ放電やスパーク放電とは異なる、未知の放電でした。しかし、放電領域の拡大によって電極間に流れる電流値が増えてしまい、印加を続けるとすぐにスパーク放電へと推移する特性を持っていました。何とかこの放電形態を維持できれば・・・。まず、突破口だけは見つかったのです。

※3 スパーク放電:電圧がある限界を超えると電極間で火花と音を伴って起こる瞬間的な放電。継続的にスパーク放電が起きると、グロー放電やアーク放電となる。

10倍から100倍へ。チャレンジは止まらない。

未知の放電形態について教えてください。

とにかく多くの文献に当たり、専門家の意見を仰いでいくなかで、このスパーク放電に達する直前の特殊な放電は「リーダ放電」と呼ばれる形態だと分かりました。しかし、どこを探してもリーダ放電に関する論文は数えるほどしかなく、単独のガス中で発生・維持させた例はあれども、大気中で発生させ、維持した事例はありませんでした。ゼロからの手探りで実用化をめざしました。

コロナ放電(初期ナノイー搭載)の写真

リーダ放電の写真

リーダ放電とコロナ放電の電流値と時間の図

いちばん重要なのは、目の前で起きている現象を注意深く観察すること。リーダ放電が起こってから印加を続けるとスパーク放電になってしまう。印加を止めれば維持できるはずと、放電を検知して、マイクロ秒単位の間に印加をオフにする回路を組み上げて、調整を続けました。印加電圧の制御機構を備えた回路の開発で、リーダ放電による静電霧化がぐっと実現に近づきました。基礎を確立したと言ってもよいでしょう。
リーダ放電は空間中をどう放電するか分からない不安定さを抱えており、狙った箇所に放電させるためには電極の形や配置を考える必要がありました。さらに、リーダ放電はエネルギーが大きく、電極の劣化が激しくなるため、耐久性も大きな課題となりました。

結果、リーダ放電を活用した静電霧化技術の実現には、印加する電圧の強さやタイミング、電極の形状や素材、配置、全てがガチっとかみ合わねばならないと分かってきたのです。

リーダ放電の実用化にはどんな苦労があったのでしょう?

方向性は分かったものの、正解が分からない。ひたすら試作を繰り返し、実験し、観察を続けました。ありがたかったのはパナソニックグループの知見の広さですね。分からないこと、困ったことがあれば、ヒントになる知恵を誰かが持っている。お話を聞かせてくださいと、いろんな方に訪ねて回りました。みなさんお忙しいなか、時間を割いて教えていただき感謝しています。

機械の写真

顕微鏡の画面

電極に使用する素材の選定にも苦労しましたね。鉄やタングステンなどいろいろと試して、最終的にたどり着いたのがチタンでした。しかし、チタンは加工が大変難しい。複数ある針電極を霧化電極に対して均一に配置しなければリーダ放電は安定しないので、わずかな狂いもない繊細な加工が求められました。チタンの加工に高い技術力を持つ鯖江のメガネ会社さんにアドバイスをいただいて、一緒に加工を進めるなど社内外の力を得て、着実に歩みを進めていきました。

回路設計、電極の構成など複雑な構成要素を緻密に練り上げていき、2015年にようやく「針電極マルチリーダ放電技術」を確立。リーダ放電による静電霧化技術の実用化は世界初で、「常識では考えられない」レベルの発明でした。そして、開発着手から8年がかりでようやく商品化へ。マルチリーダ放電方式により、OHラジカルが4.8兆個/秒と、従来品の10倍の発生量を実現し、効果が飛躍的に向上しました。
まず抑制できる有害物質が拡大。花粉は4種類から13種類に、アレル物質は3種類から16種類へと増えました。花粉では99パーセントの抑制を達成。脱臭効果の向上も目覚ましく、たばこを例にとれば、脱臭時間を1/10に縮め、実感につながる即効性を実現できました。効果を実感していただきやすくなり、社内外への展開が広がりました。何よりうれしいのは一般のお客さまからの反響ですね。

さらに改良は続いていますね。

デバイスの電極構成や回路の改善により、リーダ放電の反応領域が広がり、ラジカル放出量が増大すると分かったので、ひとつの要素にこだわらず、多角的なアプローチを続けています。リーダ放電に行きつくまでは、何をやればいいか分からない状態。その頃に比べると、知見が増えてきているので、気持ちは楽になりました。今は対向電極を針ではなく円盤状にする「ラウンドリーダ放電」によって、OHラジカルの放出量は旧ナノイー発生装置の100倍に達しました。

PC画面

今はラジカルの放出量の増大だけではなく、より広い空間での使用に向けて、水粒子の長寿命化や効果時間短縮のために高浸透性の実現など、より使い勝手のよいナノイーデバイスをめざしてチャレンジを続けています。

TECHNOLOGY

安定した放電とナノイー粒子放出のマルチリーダ放電

従来のコロナ放電方式は霧化電極から対向電極に向かって2mA~10mAがピークの小さなパルス電流が繰り返し流れ、電極間で電界が形成されます。電界は絶縁破壊電圧に到達しないため、霧化電極付近で限定的に放電が発生。
対向電極側を針形状電極にすると、針の先端で電界が集中します。印加を強めると、電極間の電界強度が絶縁破壊電圧に到達し、リーダ放電へと推移します。リーダ放電では、電流のピークを20mA~100mAまで高められ、放電領域が電極間全体に広がり、対向電極とつながります。このため、OHラジカルの発生量が増大します。

放電電流と時間のリーダ放電電流波形の図

OHラジカルの写真

対向電極がひとつでもリーダ放電は形成できますが、その場合発生したOHラジカルが対向電極に向かって放出されるため、針と衝突し、OHラジカルの放出量が低下します。
そこで、針に向かうのではなく、中空にOHラジカルを放出するために編み出されたのが対向電極の数を増やすマルチリーダ放電方式でした。
複数の針を霧化電極から均一の距離に置くと、対向電極の電界が合成されて、開口部に向かってOHラジカルを放出します。しかし、針を鋭角にするほど加工精度のわずかなブレにより生じる形状のばらつきが出てきます。すると電界に強度差がうまれ、うまく開口部に合成電界が指向せず、放出量が減少する恐れがありました。私はあえて先端が丸まった対向電極を採用し、安定的なマルチリーダ放電の形成を実現しています。

PRODUCT

コアテクノロジー開発センターが担当しているのはナノイーデバイスの開発・設計です。「ナノイー」・「ナノイーX」は、パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社の商材だけでなくパナソニックグループ、鉄道や病院などの公共機関、自動車、商業施設などで幅広く活躍しています。

<ナノイーX発生装置>

ナノイーX発生ハンガーの写真

ナノイーX発生靴脱臭機の写真

車内向けナノイーX発生機

2016年から量産化されたナノイーXは前世代のナノイーと比較して脱臭効果が高まり、脱臭ハンガーや靴脱臭機が登場しました。抑制できる臭いやアレル物質の種類も増え、より広い空間でも効果を短時間で実感できるようになり、レストランや鉄道の空調設備でも採用事例が相次ぎました。社内外でナノイーXは5年間で累計1086万台を展開しています。

MY WORKPLACE

パナソニック株式会社くらしアプライアンス社 草津地区(滋賀県草津市)

パナソニック株式会社くらしアプライアンス社 草津地区の様子

私たちの部署は、デバイス開発4人とナノイー効果研究・測定3人の2チームで、定期的に意見交換を行いながら進めています。ナノイーはその名の通りナノサイズの大きさの粒子を飛ばすので、目に見えない。成果を目に見える形で提示できないかと観察装置なども自作して、測定方法も考えています。お客さまにどこをアピールすれば訴求力が高まるのか、どういったデータがあると販路拡大につながるのか、常に商品開発と協議しながら働いています。
この3~4年で新しいメンバーが加わり、後進も育ちつつ、よい雰囲気で仕事ができていると思います。

MESSAGE & YELL

笑顔の石上さん

モノをよく見て、やれるだけやってみる

これまでの軌跡を振り返っていかがですか。

行き詰まってしまう瞬間は開発のなかでも多々ありました。そんなときこそ、モノをよく見て、チーム一丸となってたくさん案を出して、やりつくすまでやってみる。この姿勢が重要だと改めて感じています。せっかく開発という仕事を任せていただいているのだから、やれるだけやって、出せるものを出す。試行錯誤の先に必ずいいものがある、そう信じてやり抜くのが大切でしょうね。
私もマルチリーダ放電方式の開発までは、電極の構成で放電を制御しようとトライアンドエラーを続けてきたわけですが、だんだんと回路の構成や電圧の掛け方で、ある程度放電をコントロールできるようになりました。そうなると今度は電極が針状でなくてもリーダ放電を発生・維持できるのでは、と発想を一歩先に進められました。その結果が「ラウンドリーダ放電」です。どこかを改良すれば、それに合わせて他の要素の改良が可能になります。相乗効果で性能を高め、組み上げてひとつのデバイスにする。技術者の腕の見せ所ですね。

技術者として大切にしていることは?

搭載される商材をイメージした開発です。そのために、それぞれの商材の担当者と会議を重ねて具体的な製品像をつかむように心掛けています。例えば、ナノイーはエアコンや空気清浄機など、寝室で使用する家電に搭載されており、睡眠を邪魔しない静音性が求められます。試作したデバイスをエアコンに積んで、テストしたのですが、「こんなに音がしたら眠れないですよ」と言われたのを覚えています。OHラジカルの放出量が増えていたとしても、使い物にならないわけです。
よい商品をお客さまのもとに届けるために、理論を構築するだけでなく、「使える技術」にまで落とし込むのが私の仕事です。さらに、どの商材と組み合わせると新たな訴求力を創出できるのかを考えるのもわれわれ技術者の大事な務めです。ナノイーデバイス開発側からも積極的に提案して、これからも新商品の企画に参画していきたいですね。

若い技術者へメッセージをお願いします。

今回のナノイーXの開発は、周囲の助けがあってこそ成し遂げられたと実感しています。ですから、若手の方には、周囲を巻き込んで、助けてもらいながら仕事に取り組んでいってほしいと思います。例えば壁にぶち当たってしまっても、自分ひとりだけが苦しいわけではありません。チーム全体が苦しい(笑)。だから、素直にアドバイスを求め、アイディアを出し合い、みんなで乗り越えてほしいと思います。
最初から正解が分かり切っていて、たどり着くための知識が全て自分の手元にそろっている場面はめったにありません。やっていくなかで学び、得た知識を活かし、次につなげる。この繰り返しです。結果を観察し、分析して、上澄みをすくい、その知見をどれだけ盛り込めるか。例えばパナソニックグループでは、社内で技術展示や交流会が開催されます。その機会を活かすために、若いメンバーには日ごろからよく足を運んで話を聞き、輪を広げてみるように勧めています。幅広い分野でみなさん活躍していますから。そうした人たちからの学びや関係性が必ず自身の仕事でも役に立つ日が来る。他分野だと思っていても、予期せぬところで参考になったり、5年、10年たって一緒にお仕事したりするので、貪欲に知識を吸収してほしいと思っています。
ナノイーはさまざまな商材に搭載していただいているので、私も多くの商材に関わっていますが、技術者としてもっと多くの商材に関わっていきたい。ナノイーが活躍する場を増やすのはもちろん、それ以外でもパナソニックグループとしてよい商品を出していくために、私もチャレンジを続けていきたいです。

*記事の内容は取材当時のものです。

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