LTE-Advancedにおけるキャリアアグリゲーション技術の発明
スマートフォンによる動画、音楽鑑賞やオンラインチャット・・・、パナソニックホールディングス株式会社 テクノロジー本部の西尾昭彦が発明した「キャリアアグリゲーション」技術は、今や世界中で当たり前になった高速通信の実現に大きく寄与しました。技術開発に留まらず、LTEの進化版「LTE-Advanced」の標準規格化に尽力し、グローバル権利網を構築。知財ライセンスの恒常的な収入実績につなげ、さらに5Gネットワーク事業への戦略的活用へ。標準規格から10年、年月を経るほどに存在感を増すキャリアアグリゲーション技術の原点、その先の展望について話を聞きました。
2022年06月
プロフィール
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西尾 昭彦
パナソニック ホールディングス株式会社 テクノロジー本部 デジタル・AI技術センター
目次
INTERVIEW
干渉制限下で通信の高速化を図る
LTEの高度化展開に貢献したキャリアアグリゲーション技術。発明に至る経緯を教えてください。
キャリアアグリゲーションは、複数のキャリアを束ねて太くし、一度に送受信できるデータ量を増加させて通信の高速化を図る技術です。2010年代以降、端末数増加による通信トラフィックの急増が予測され、移動通信の国際標準化団体3GPPはLTEの高度化展開を継続的に計画していました。当社も技術開発に加わり、発明したキャリアアグリゲーション技術を含むLTE-Advanced規格が2011年にリリースされました。
発明当時のモバイル通信環境は、3GからLTEへ移行が進んでいたものの、それを上回るペースでユーザーが増加し、回線混雑に直面していました。その緩和策のひとつに考えられていたのが、多数の小さな基地局(ピコセル)を配置する異種セル混在ネットワークです。つまり半径数㎞をカバーする大きな基地局(マクロセル)のなかに、ランドマークや駅、商業ビルなど人口密集地帯に半径数十メートル範囲の小さな基地局を積極展開することで、きめ細やかな電波送受信が可能となります。一方、基地局が増えた分、互いの制御信号間の干渉が発生し、キャリアアグリゲーションによる高速化が限定的になってしまうのが問題でした。
元来、データレート向上を実現するキャリアアグリゲーションと、収容可能な端末数増加を可能にする異種セル混在ネットワークは別々の課題領域なのですが、これらをキャリアアグリゲーション技術の制御信号の高度化で一挙に解決できないか――。"キャリアを束ねて太く"。これはとてもシンプルなアイディアゆえに、たくさんの工夫の余地がありました。仮説はさらなる高速化を実現する発明への糸口となりました。
どのように仮説へアプローチを?
LTEの技術開発で習得した制御信号の知識だけでなくシステム全体からの視点が必要でした。計算機上に仮想の異種セル混在ネットワークを作り、シミュレーションを何度も繰り返し効果測定を行いました。無線通信は複数の基地局と端末機の間を行き来し、「上りと下り」それぞれでも伝送技術が異なります。ですから、各専門の知識を持つ仲間との議論は必要不可欠でした。マクロ、ミクロの両視点を併せ持ち、全体を見通す力があれば、課題をより多く発見でき、その分技術も精錬される。多くの課題を共有し、ともに解決策を積み重ねたからこそ、数段上の高速通信技術を発明できたのだと実感しています。
論理構築を磨き上げ、世界に認められた
どのようなプロセスで、規格特許獲得を進めたのですか?
3GPP※の標準規格提案と並行して、多数の特許出願を行っていました。規格特許の獲得は他企業との競争が激しく、常にスピード勝負です。3GPPは日本を含む世界各国の企業、団体で構成され、年6回程度1週間の標準化会議を開催。電波送信や制御方式など詳細な仕様を検証しながら、数年かけて段階的に標準規格を決定していきます。会議では参加企業の提案技術の合意形成を図ります。会議の進捗に合わせて課題検討し、間髪入れずに特許出願に取り掛かり、次回会議までに技術提案の準備というサイクルの繰り返しです。
※3rd Generation Partnership Projectの略。第3世代携帯電話システムの国際標準仕様の策定を目的に、各国の標準化団体が基礎となり1998年設立しました。プロジェクトに参加する各団体は3GPPが作成した技術仕様をそれぞれの国・地域の標準規格として制定しています。
技術を理解してもらうために大切にしたことはなんですか?
3GPP参加企業のなかで当社はまだまだ少数派。海外のライバルは、われ先にと技術提案を仕掛けてくる。つぶしにかかるような勢いを肌で感じていました。そこにどうやって割って入り、関係を築いていくか、最も心を砕いてきたところです。私はLTE標準規格から当社のプロジェクトメンバーに加わり、標準化会議で発表するチャンスを与えてもらいました。当時はがむしゃらに猛プッシュするも、空回りして言葉が響かない。会議で承認されかけても、最後にくつがえされるというゾッとする経験も。どうして理解してくれない、何が足りないのだろうと。
ひたすら場数を踏んで、磨き上げたのが綿密な論理構築。解決すべき課題は何か、技術のメリットとデメリットは何か、そのデメリットは問題ないレベルか......、それらを全て整理したうえで、論理立てて説明する。時に1社だけでは説得性が弱いと判断すれば、会議中にも他の企業との共同提案を取りまとめ、論理を肉付けする。必要だったのは、国籍や企業を越え、共感を広げる技術者の真摯な姿勢だったのでしょう。いつしか肩の力も抜けていきました。
技術の広がりをご自身はどう見ていますか?
5Gの高速通信はキャリアアグリゲーション技術がベース。スマートフォンベンダを中心に知財ラインセンスは、5G普及期にかけてさらに収入が見込めます。発明当時の状況を振り返ると、とても感慨深いですね。約20年前、当社のモバイル事業は機器単体の生産が中心で、多額な知財ラインセンス支払いが問題になりつつありました。そこで「自前の知財獲得を」と、私もプロジェクトメンバーの一員として当初から研究に携わってきました。そして多くの規格特許を獲得し、ライセンス収入が得られるまでになりました。3Gから5Gへ、当社事業も端末機生産からソリューション事業へ、まだまだ劇的な変化の過程にありますが、微力ながら経営貢献できたのではと自負しています。
ローカル5Gなどの自営無線ネットワークを提供する新事業が立ち上がり、私も通信技術の知財で貢献し、一翼を担えればと願っています。キャリアアグリゲーション技術がモバイル端末などに活用され、世界中で役立てられていると思うと、誇りに感じます。世界中の人々のくらしにインパクトを与えられるやりがいは何物にも代えられません。
TECHNOLOGY
01.帯域幅を広げ、一度に大量のデータを送信
通信に使用する通信路の広さは「帯域幅」(MHz)で表されます。帯域幅が広いほど一度に大量のデータ通信が可能となります。複数の単位キャリアを束ねて通信するキャリアアグリゲーションは最大100MHz。ひとつのキャリア通信であるLTEより、通信速度は約10倍。キャリアアグリゲーションは異なる周波数も束ねることができ、高い周波数であれば、より多くのデータを送信できます。5Gでは、「束ねる」技術をさらに応用し、複数の広帯域単位キャリアによる超高速通信を可能にしました。
02.制御信号の維持と通信速度の高速化を両立
制御信号の信頼性を維持しながら、キャリアアグリゲーションによる高速化を実現するために、2つの技術を開発。ひとつは制御信号による単位キャリアをまたぐデータリソース通知。制御信号の干渉の問題は一定レベルで解決できましたが、さらに踏み込み、端末ごとに単位キャリア間で重複しない候補リソースを設定する効率化を考案。
進歩性が格段に上がり、異種セル混在ネットワークのデータレートが従来方式より約2割アップ。また、キャリア内の同一候補リソースに制御信号が集中しないよう、ずらすしくみを設定したことにより、制御信号の衝突確率が低減し、制御信号容量の約4割アップを実現しました。
MY WORKPLACE
パナソニック ホールディングス株式会社 テクノロジー本部
デジタル・AI技術センターワイヤレスネットワークソリューション部(大阪府守口市)
近年、ローカル5Gなど自営無線ネットワークを提供する新事業が本格化し、当部も期待に応えるべくネットワークシステムの知見で技術貢献しています。他部署から通信規格仕様書の解釈やアドバイスを求められる機会が増えてきており、「駆け込み寺」ではないですが、どんなときも丁寧な解説を心掛けています。
当部は私を含む守口拠点の4人の他は佐江戸(神奈川)勤務です。もともと拠点間のリモート会議を活用したワークスタイルでしたが、コロナ禍ではほぼ全員が在宅勤務。社内で顔を合わせる機会は多くありませんので、グループチャットを積極的に活用しています。半年前に新たなメンバーがひとり加わったこともあり、あえて業務以外の雑談を織り交ぜ、定期的に連絡を取り合います。実際の職場だったら、デスク越しの会話で周りにもどんな仕事をしているのか聞こえ、輪郭が把握できます。たとえ同じ場所にいなくても、一緒に研究している、そんな雰囲気を大切にしています。
MESSAGE & YELL
いかなるときも、最後まで真摯な姿勢を
これまでを振り返り、いちばんの転機はなんですか?
まっ先に浮かぶのは、20代から参加した3GPPの標準化会議です。「技術者のあるべき姿勢とは」「自分に足りないものは何か」、もがきながら自問自答した日々はかけがえのない財産です。技術に筋道を通し、自分の考えを真摯に提案する。たとえ受け入れられなくても最後までしっかりと前を見据える。もしかしたら、吟味されていたのは技術の中身よりもひとりの技術者の姿勢だったのかもしれません。
社内外問わず、真摯に継続すればいつか必ず周囲も認めてくれるはずです。海外の一流技術者と渡り合ってきましたから、度胸も多少身に付きました。外国人から会議で何と言われようが全くびびりません。新しい環境や未経験の分野にも、まず飛び込んでみる。一歩踏み出す気持ちを持ち続けていれば、キャリアを重ねても自分自身の視野を広げられるでしょう。
ご自身が大切にしている心構えはなんですか?
「常に半歩先へ」です。例えばアイディアが出た瞬間、安易に飛びつかず、あともうひとつ踏み込んで解決法を探し出す。その歩幅が大きければ大きいほど、技術の進歩性が格段に向上し、奥行きが生まれます。アイディアをつかんだときそこで満足してはいけません。そこからもう半歩踏み込むことにより継続的な技術革新につながると信じています。キャリアアグリゲーション技術にも言えることですが、「どうしたらもっと通信速度を向上できるのか」、あらゆる視点から貪欲に考え抜いたからこそ、さらなる改善への活路を切り開くことができたのだと考えます。
規格特許の出願も同様、1回の出願にひとつの技術権利の申請で終わらせず、「この技術も特許にならないか」、「この特許も規格提案できないか」と、仲間と地道に検討を重ねながら、複数の技術を肉付けし、結果、当社の権利範囲を拡大できました。技術開発でも規格提案でも「常に半歩先へ」の気持ちを改めて強くしました。
元々先回りして考えるタイプですが、正直に申しますと、今日のようにスマートフォンでなんでもできるような時代が来るとは、想像していませんでした。ただ、通信速度を可能な限り向上できれば、多様な目的にも対応でき、社会に役立てられると信じてきました。いかなる時代の変化にも、積み重ねた技術は必ず生きる。だからこそ半歩先を常に問い続けていきたいです。
若い技術者へのメッセージをお願いします。
研究に行き詰まったとき、すぐに答えだけを求めて質問してしまいがちです。自分なりの考えや仮説を組み立てて分からない点を整理したうえで質問しないと、情報を表面的に受け止めるだけで、自分のものにならない。成長のチャンスも自分自身でつぶしてしまいかねません。どんな研究成果も正解はひとつじゃない。たどりつく過程でメリットやデメリットが必ずあり、何を優先すべきか常に揺れながら、進むべき道を選ばなければいけない。だからこそまずは自ら立てた仮説ありき。自分自身の思考に1本の太い軸を通す―それが技術革新への近道。これは、自らに向けた言葉でもあります。
*所属・内容等は取材当時のものです。