パナソニックの#はたらくってなんだろう 令和4年度 文部科学大臣表彰 若手科学者賞 人間が好き。だから可能性を追求する。ロボット開発のその先へ

仕事場と安藤 健さん

パナソニックグループ初の快挙となる、令和4年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞*を受賞し、ロボット技術の若き第一人者として活躍する安藤さん。社内では「Robotics Hub」や「Aug Lab」のリーダーに就き、幅広いフィールドでロボット技術開発をけん引する傍ら、今回の社外表彰でその活動が評価されました。企業技術者が受賞した意義と得られた自信、成果を積み重ねるための行動指針、ロボット開発のこれからについて語っていただきました。

*若手科学者賞:萌芽的な研究、独創的視点に立った研究など、高度な研究開発能力を示す顕著な研究業績をあげた40歳未満の若手研究者個人をたたえる賞。安藤さんが受賞した研究テーマは「生体特性を利用したロボット制御と医療福祉応用に関する研究」。今回の受賞者98人のうち民間企業の技術者は安藤さんら3人という狭き門でした。

2023年01月

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プロフィール

  • 安藤 健

    パナソニック ホールディングス株式会社 マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室 室長

    安藤さんのプロフィール画像

目次

  1. 困っている人がいる限り、ロボット開発にゴールはない
  2. 対外評価で強みを磨き、仕事をつかみ取る
  3. 圧倒的当事者で考える、本気度が変わる

困っている人がいる限り、ロボット開発にゴールはない

受賞テーマ、強みを示した技術とは?

笑顔で話す安藤さん

高齢者や障がいのある方などあらゆる人が自分の能力、感性を生かし、最期まで自分らしく暮らせることを目的に、人の身体能力や感性を最大限に引き出すロボット制御技術の研究です。その具体的な実績として、入社前の大学教員時代に行っていた重度脳性まひの方を対象にした電動車いすの事例を挙げました。その子どもは唯一右足だけが動く状態だったのですが、大ざっぱな動作しかできず、行きたい方向を示すための意思疎通が難しい状態でした。足の動きをセンシングしてAIで情報処理し、正確な意図を示す信号、つまり行きたい方向を推定できるシステムを独自に開発。さらにロボットを動かすだけではなく、「足をこう動かせば、右と認識される」と子ども側に状況をリアルタイムにフィードバック。人からロボットへ、ロボットから人へ、互いに正確な情報を伝達し合うことで人の身体能力、感性を最大限に引き出せるロボットの実現を目指しました。

このときの経験や研究成果は自社の新規事業として進めているロボティックモビリティなどとして既に社会実装されています。また、人の可能性や感性を最大限引き出すというコンセプト自体は大学時代から考えていましたが、パナソニックに入社後、ロボティックモビリティや自動細胞培養装置など実用化の実績があったからこそ、今回の受賞に結びついたと実感しています。現在、社会実装は研究開発を進める上でなくてはならない視点であり、企業技術者がアカデミック分野で評価される大きな加点要素の一つだからです。

研究者として、自分はどんなタイプ?

大学時代から一貫して「人にアプローチするプロダクト」の研究開発を続けてこられたのは、人そのものへの好奇心が強いから。ロボット技術者には、メカトロ好きで技術を追求するタイプと、人間を知るためにロボットを開発するタイプがおり、私は後者です。原体験の一つは先ほども話した、重度脳性まひの子ども用電動車いすの開発でした。意思疎通ができず体も不自由なため、何度試行錯誤しても期待している生体信号を取得できず難航しましたが、最後の実験で、ついに子どもの意思で車いすを動かすことに成功しました。本人がおそらく生まれて初めて自分の意思で移動できた瞬間で、親御さまにとっても初めて見る光景。喜び合っている姿を見て、私も思わず涙がこぼれました。仕事で泣いたのはこの時が初めてです。

勝手な解釈かもしれませんが、最後の実験の時に決して技術レベルが上がったとは思っていません。むしろ、子どもの方が最後の実験だということを周りの雰囲気から察し、一時的にパフォーマンスが向上したのではないかと。人間の可能性の奥深さ、そしてたとえ重い障がいがあっても、テクノロジーによって可能性を引き出せる。今の開発につながる大切なことを教えられた貴重な経験でした。高齢者や障がいのある方に限らず困っている人はいまもたくさんいますし、1人でも多くの人を一回でも多く笑顔にし、心身ともに良好な状態を表すウェルビーイング(Well-being)*に貢献できる技術開発が私の夢。この目標を掲げている限り、ゴールはありません。いつまでも研究心を燃やし続けられます。

*ウェルビーイング(Well-being):「良い状態」「幸福」とも訳される。1946年の世界保健機関(WHO)憲章の前文で「健康とは、単に病気や病弱ではないということではなく、肉体的にも精神的にも社会的にも全てが満たされた状態(ウェルビーイング)にあること」と定義されている。

安藤さんにとっての「ウェルビーイング」とは?

製品を手に持ち笑顔で話す安藤さん

ウェルビーイング(Well-being)はくらしや労働など人間活動全てのベースとなる存在です。テクノロジーでウェルビーイングに貢献することを目指すAug Labを2019年に設立しましたが、ロボティクス推進室の中に作った取り組みだけで解決すべきではなく、全社的に取り組むべきテーマだと考えています。そもそも誰かのくらしの便利さや快適さは、誰かの熱心な仕事によって支えられています。くらしと仕事は表裏一体の関係です。ロボティクスなどのテクノロジーを活用することで、どちらのウェルビーイングにも貢献できるようにしていきたいと思います。

Aug Labはロボティクス技術の開発を前提にしておらず、ウェルビーイングを実現する手段の一つと位置付けています。私自身は一度もロボティクス技術を専門に研究してきたとは思っていません。成し遂げたいのは、人間の感性や可能性を引き出し、人間がもっと暮らしやすい社会を築くこと。その解決方法の手段として、ロボティクス技術を応用していると言えます。

ロボティクスは、知能部分のセンシングと、機械動作に当たる筋肉部分のアクチュエーションという技術の複合体で構成されており、実際にくらしや労働が行われるフィジカルな空間に対して、物理的に作用し、その人をより良い状態にできるのが最大の魅力。現在、ロボティクスで重点的に開発を進めている分野がラストマイル配送業務です。事例が少しずつですが生まれ始めています。もう一つは人と人とのより良いつながりに貢献できるプロダクト。今後も人と人のつながりを支援し、社会的なウェルビーイングに結びつくプロダクトやソリューションの開発を進められたらと思っています。

対外評価で強みを磨き、仕事をつかみ取る

応募から受賞、現在の想いは?

民間企業の技術者でこのような学術的な評価をいただけたことは、後に続く若手技術者に一つの新しい事例を示すことができ、大変意義深いと感じています。ロボットの実用化を目指して大学の研究者から民間企業に転身し、パナソニックグループで初めて開発したのは自動洗髪ロボットでした。先輩技術者たちの高い技術力に度肝を抜かれたことを鮮明に覚えています。当時の第一印象から今日まで、アカデミアに身を置いたことがあるからこそ、民間企業の技術者にもっと光が当たってほしいという想いを持ち続けていました。

今回の結果に満足せず、社会の期待に応えられるよう、世の中のお困りごとの解決に結びつけ、新しい社会を創っていくのが企業技術者の責務だと思っています。超高齢社会において、高齢者や障がいのある方を含めて1人でも多くの人のより良いくらしに貢献できるロボットの実用化を目指し研究してきましたので、商品開発を加速し、一刻も早く世の中に提供したいという研究心にさらに火が付きました。

ずっと大切にしてきた信条は?

PCを見ながら打ち合わせをする安藤さん

先輩からの教えで、技術開発を行う際、プロダクト(Product)、パテント(Patent)、ペーパー(Paper)の頭文字を取った「3P」という行動指針を徹底してきました。プロダクトとは誰のためにどんな商品開発をして、どれだけ販売できたか、パテントとは技術に対する特許、最後にペーパー、開発内容を文章化してまとめる。企業技術者が一番怠ってしまうのが、ペーパーです。論文、技術資料など形式にこだわりませんが、他の人が読んでも分かるように自分の言葉で文章化することは、論理構成の確認や振り返りに役立ちます。3Pを継続した結果が多くの論文と受賞歴につながり、実績の評価を実感できています。これまでも若手科学者賞は学術研究を専門とするアカデミアが占めていました。民間企業である以上基礎的な学術研究よりも性能向上や商品開発に直結する技術を重視せざるを得ないのですが、適切な説明を行えば民間企業でも認められるという自信につながりました。

文部科学大臣表彰から得られたものは?

国から技術価値を認めてもらえたことは、間違いなく大きな自信になりました。企業技術者の立場で国内トップレベルの対外評価をいただけたことは、営業ツールとして、今後開発する製品へ貢献できるのではと期待しています。各種学会、団体は20代、30代の若手を対象にした賞を設けていますので、若手技術者はぜひ社外表彰も視野に入れながら、日々の技術開発に取り組んでほしいと願っています。

パナソニックグループは、事業領域が広範であるのに加えて、新しい取り組みへの挑戦を許容する広い器があると感じています。受賞は客観的成果の一つ。小さな成果を積み重ねることで、任される仕事の裁量も大きくなっていきます。私は30代でRobotics Hub、Aug Labをリーダーとして立ち上げ、ロボティクス推進室という50人程度の組織を率いる立場を任されていますが、新人時代から技術開発の度に3Pを地道に継続してきたからこそ、今のポジションを与えられたと思います。今回、30代最後に文部科学大臣表彰を受賞しましたが、若手技術者のみなさんも小さい成果を積み重ねながら、早くから技術を積極的に社会にアピールし、仕事のフィールドを結果と実力、そしてパッションで押し広げていくことを意識して働いてみてはいかがでしょうか。

圧倒的当事者で考える、本気度が変わる

プロダクト開発の心構えとは?

自動運転車いすを操作する安藤さん

「解決のヒントは現場にあり」。より良いプロダクトに半歩でも近づくために、可能な限り現場に出向き、実際に使用されている場面を見ることを心掛けています。高齢者などの移動に不自由のある方が空港内の移動で利用する自動運転車いすの開発をしていた際、当初は全自動を視野に開発を進めていました。ところが、自信を持って実際に現場スタッフの前で試験運転を披露すると、「これではお客さまとのコミュニケーションの時間が減ってしまう」と指摘を受けたのです。

スタッフに詳しく話を聞くと、車いすを押すスタッフの人手不足には困っているものの、スタッフがお客さまを車いすに乗せて押す時間は、旅客会社のサービスに対する感想など、大切な意見を聞き取り、お客様をより知るための重要な顧客接点だったのです。その後、先頭の車いすはスタッフが手動で運転し、後ろの数台が追従型で移動する形式に改良。車いすを押す人員を減らしつつ、顧客接点を保つことができました。自分の目で確かめる。それができる場を持っているというのが企業技術者の強みだと改めて感じました。

「大切な人の大切な時に使えるプロダクトをつくろう」。私が常々チームのメンバーに伝え続けているメッセージです。仮に自分の家族が倒れた時、自分たちが開発したプロダクトを躊躇なく渡せるか。もしくは、自分の大切な人の一生に一度の晴れ舞台でも使ってほしいと自信を持って提供できるかと。渡せるなら商品として十分だし、逆に渡せないなら、根本から製品の品質を考え直さないといけない。「圧倒的当事者」意識を持ちながら開発をすれば、おのずと本気度も変わります。市場調査からペルソナ*を設定できますが、対象を1人に限定して絞りこむというリアルN=1を設定することが大事で、どこの誰が困っていて、その人の困りごとをどう解決するのか、とことんまで具体的に設定し、課題を浮き彫りにする。こうしたN=1の心構えが結果的に多くのユーザーに役立つ商品開発につながると信じています。

*ペルソナ:自社製品・サービスのターゲットとなる架空の人物像を具体的な人格に落とし込み、あたかも実存する1人のユーザーに仕立てたもの。

SNSを活用し、何を伝えたい?

正面を向き腕組みをして立っている安藤さん

ロボティクス産業全体を底上げし、健全な発展につなげたい一心から、NoteやTwitterなどSNSを活用して発信を始めました。もちろん企業秘密に関わることは絶対に書けませんが、国内外のロボティクス技術に関する話題やニュースについて、私なりの考えをその都度つづっています。私1人、あるいはパナソニックグループだけでできることは限られていると思っていますので、ロボティクスのすそ野を広げる一助になればと考えています。

現在、ロボティクス推進室の室長という立場にあり、社外への営業活動・顧客開拓も私の大切な仕事です。お客様に会いたいと思っていただける内容、取り組みを発信することで、ソーシャルメディアを通じて、存在を広く知ってもらう機会が増え、社内外から声を掛けてくださる機会も増えつつあります。そのような機会を一つでも多く事業貢献につなげたい。発信を始めて2年くらいになりますが、継続的に発信できているのは、先ほども述べた「3P」の習慣化のおかげ。普段から文章を書くことを意識してきましたから、それほど苦ではありません。社内の若手技術者は、SNSに限らず学会でも、もちろんお客様でも良いので、実験室を飛び出して、自分自身が携わった技術やプロダクトを社内外に積極的に発表し、一つでも多くのフィードバックを社外・社会から得て、開発に役立ててほしい。伝える方法は何でもいい。使えるものは何でも使えば良いですし、大切なのは「伝えたい」の意欲、そして「社会を良くしたい」という気持ちです。

*所属・内容等は取材当時のものです。

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