パナソニックの#はたらくってなんだろう 空気質アップを体感させる48兆個/秒、桁違いのOHラジカル発生量

今井さん・秦さん・石上さんの写真

OHラジカル発生量従来比100倍を実現するラウンドリーダ放電方式採用「ナノイー」デバイスの開発

花粉などのアレル物質抑制や脱臭などの効果が期待できるOHラジカルの発生量が従来比10倍となるナノイーXを商品化させたばかりでしたが、社会のトレンドはより清潔で、快適な生活空間を求めていました。さらに高い効果を実現しようと、OHラジカル発生量の増大に向けて、研究を続けてきました。
放電領域を飛躍的に拡大させて、従来のナノイーデバイスから100倍、ナノイーXデバイスからは10倍に達する48兆個/秒のOHラジカル発生量の達成に成功。「ナノイーX(48兆)」として、アレル物質の抑制や脱臭効果が劇的にアップし、ナノイーのブランド力向上に寄与した開発チームに話を聞きました。

2022年06月

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プロフィール

  • 今井 慎

    パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 くらしプロダクトイノベーション本部 コアテクノロジー開発センター

    今井 慎さんの顔写真
  • 秦 秀敏

    パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 くらしプロダクトイノベーション本部 コアテクノロジー開発センター

    秦 秀敏さんの顔写真
  • 石上 陽平

    パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 くらしプロダクトイノベーション本部 コアテクノロジー開発センター

    石上 陽平さんの顔写真

目次

  1. PROBLEM
  2. INTERVIEW
  3. MESSAGE
  4. FUTURE

PROBLEM

従来比100倍をめざすも、頭打ちになるOHラジカル発生量

OHラジカル発生量

INTERVIEW

これまでのやり方では到達できないゴール

100倍化計画がスタートしたのはいつですか?

石上さんの顔写真
石上

従来のナノイーデバイスから性能向上をめざしたOHラジカル(以降ラジカルと表記)発生量10倍化計画が進行中に、さらに先を見据える形で100倍化計画はスタートしました。10倍と100倍の2つが並走していた形です。100倍を次のゴール地点に設定したのは、ナノイーによる脱臭効果などの向上をユーザーに実感してもらうには、一桁上のラジカル発生量アップが必要だと考えたからでした。ラジカル発生量10倍を達成したナノイーXで採用したマルチリーダ放電方式を100倍化でも利用できないかと挑戦が始まりましたが・・・

会話をする石上さん

今井さんの顔写真
今井

ナノイーXデバイスでは対向電極に4本の針状電極を設けることで、霧化電極と針状電極の間に電界を集中させ、4本の線状の放電領域を形成し、放電中の電子温度を大きく高めました。放電領域の拡大と電子温度の向上で、ナノイーXはラジカル発生量が従来比の10倍までは達成していました。
さらなるラジカル発生量向上に向けて、まず最初に取ったアプローチは高電圧を印加して、電界を強めることで放電が持つエネルギー量を増やして、ラジカル発生量を増大させるという試みでした。
しかし、マルチリーダ放電は針状電極に電界が集中しているため、電界を強めると放電が急激に進展し、容易に全路破壊放電に至ってしまいました。全路破壊放電は強いエネルギーを持つため、電子温度がラジカル生成領域からイオン化領域へと遷移して、ラジカルの発生量が減少し、オゾンなどの有害物質が多く生成されてしまいます。マルチリーダ放電方式の電界を強めてラジカル発生量を増加させる発想には限界があったのです。

マルチリーダ放電に代わる新たなアプローチはどのようにしたのでしょうか?

石上さんの顔写真
石上

エネルギーを高めるアプローチから次に考えたのは低エネルギーでの高周波放電でした。低エネルギーであっても短いスパンで放電を起こせば、ラジカルの発生量が増える、これが放電波形の分析から判明したのです。しかし、従来と比較して3倍の高周波化に成功したものの、発生量は20倍増にとどまりました。

OHラジカルを測定機に入れる様子

OHラジカルの発生量を測定

秦さんの顔写真

この高周波放電という方法にも限界がありました。ナノイーデバイスでは、結露した水の振動と印加電圧を同期させることで強い電界を発生させ、ラジカルの発生量を向上させています。しかし、水の振動周波数には物理的な限界があり、ある程度まで放電を高周波化すれば、ラジカルの発生量はそれ以上増えることはありませんでした。回路の昇圧トランスや霧化電極の形状を変更させるなどの工夫を組み合わせることで、何とかラジカル発生量50倍までは手が届いたのですが、それ以上に高めることができませんでした。「50倍が限界かもしれない」と目標到達のすべが見つからない、苦しい時期が続きました。

OHラジカルと観察機械の写真

ハイスピードカメラを用いた放電観察の様子

面放電と昇圧回路、2つのアプローチで実用化へ

解決の糸口はどこにあったのですか?

秦さんの顔写真

電極の形状を変えて、放電を観察していたある日、対向電極の針形状を短くした試作品で放電の筋がいつもより太くなっていると確認。「これは!」と直感しました。放電領域を広げて、ラジカルの放出量を増やすアプローチにかじを切りました。これが大きな転換点でした。

OHラジカルを観察する秦さん

石上さんの顔写真
石上

マルチリーダ放電は、電子温度を高めて、電極間に線状の放電を発生させます。秦さんの発想はこの線をどんどん広げていくというもので、放電領域が広がれば、その分ラジカルの生成領域も広がりますから、合理的なアプローチだと思います。従来のナノイーが「点」、ナノイーXが「線」の放電を使用していたとするならば、「面」の放電を活用する方式です。

実用化への課題は?

今井さんの顔写真
今井

針状の電極は先端がとがっているからこそ、電界が集中し、リーダ放電に至っていました。単純に針の先端を太くするだけでは、電界が集中せずうまく放電が起こりません。昇圧により電極間に供給されるエネルギーが大きいと、リーダ放電に続いてコロナ放電が発生します。すると次の昇圧時にリーダ放電が形成されず、昇圧と放電の周期が一致しないため、OHラジカルの発生量が増えません。コロナ放電の発生を抑えて、リーダ放電を安定化させる必要がありました。
コロナ放電が発生する原因は昇圧トランスで、従来は蓄積するエネルギーが大きいため、昇圧後の電圧降下が遅く、その間にコロナ放電が形成されていました。素早く昇圧し、エネルギーをため込まず、迅速に電圧降下する昇圧トランスが必須でした。
しかし、最適なトランスの構成はわかりませんでした。あらかじめ、トランスメーカーにさまざまなバリエーションのコイルなどトランスの部品を頼んでおいて正解でしたね。コア形状、コイルの巻き数を変更して、インダクタンスを低減するために、80個ほどの昇圧トランスを試作し、ひたすら試験を続けました。力業としか言いようがないです(笑)。
インダクタンスを低減すると昇圧が不安定になるため、発振周波数を50kHzから150kHzまで高周波化を試みました。失敗だと思われていた高周波放電の知見がここで生きてきました。

秦さんの顔写真

最終的に電極の形状は対向電極を針状ではなく円すい台の形状に決定しました。これにより電界は円すい台の下端円周部に沿って円環状に集中します。霧化電極から円周部をつなぐように円すい状に放電が広がるラウンドリーダ放電方式を考案したのですが、すぐにはうまくいかず。シミュレーションをしても変動するパラメータが多すぎて、どこが間違っているのかも見えづらい。ひたすら試して、分析しての繰り返しでした。電極側と回路側、両方で改良を重ねて、何とか実用化まで持っていきました。

放電経路(針状4本)の概念図と電界分布の図

放電経路(円錐側面状)の概念図と電界分布の図

電圧と電流の図

電圧と電流の関係図

安定して放電できるようになればデバイスは完成する?

今井さんの顔写真
今井

ナノイーデバイスは単独で完成するものではなく、搭載先の商材があって初めて機能します。そのため、考慮する要素も多岐に及びます。例えば、高周波化によるノイズの問題。各商材で規格が変わるので、商材ごとに確認をしていく必要があります。そして、なるべくノイズを出さないように、デバイスの回路やパターン設計を変えるなどの工夫を盛り込んでいます。事業部の方にも調整してもらいながら、従来品程度にノイズを抑えています。

作業する今井さん

新型と従来のナノイーXデバイスの比較写真

新型ナノイーXデバイス(左)とナノイーXデバイス

秦さんの顔写真

量産化が決まってからも苦労しました。少数をこちらでつくる分には精度は問題なかったのですが、量産するとなるとどうしても許容できないブレが出てきます。大慌てで、設計を見直し、わずかなブレがあっても放電できるように改良。しかしそれでも放電電極の円すいの中心が髪の毛2本分以上ずれるとうまく放電しませんでした。そこで、何とか髪の毛1本分までの範囲で加工できるように製造現場に頑張ってもらい、ラジカル発生量100倍を達成した「ナノイーX(48兆)」が誕生しました。

石上さんの顔写真
石上

ナノイーXから桁違いのラジカルの発生量を実現し、ナノイーの効果にも目覚ましい向上が見られました。脱臭を例にとると、臭気強度4以上のかなり強いにおいは15分で臭気強度2.5以下の気にならないレベルの臭いまで落とせました。これはナノイーXデバイスの1/8の脱臭時間です。ダニやスギ花粉などのアレル物質の抑制・分解効果の向上も目覚ましく、ナノイーXと比較して1/8の時間で99%近くの抑制を実現しました。

共に作業を行う秦さんと今井さん

6段階臭気強度と時間の比較図

加齢臭における脱臭効果の比較

MESSAGE

今井さんの顔写真
今井

新しい回路を試作したら秦さんのところに持っていって一緒に試して、秦さんが新しい電極を試作したら私のところに来て一緒に試しての繰り返しでした。回路設計と放電設計がうまく協力し合ってつくり上げられたと実感しています。
これまでは研究部門である程度技術を固めた後、設計開発部門に一任するといったプロジェクトが多かったのですが、今回は量産化まで深く入り込んで取り組みました。あまり経験のないことで苦労もありましたが、搭載される製品までを見据えて開発ができて、技術者として新たな視点を獲得でき、うれしく思います。
次なる壁は従来比1000倍のラジカル発生量ですが、今のやり方では到達できないと考えているので、何かしら新しいやり方を考え出さないといけないですね。何よりも実用化までの開発期間の短縮がわれわれの課題だと認識しています。よいものをより早くお客さまに届けるために、これからも研究を続けていきます。

秦さんの顔写真

私は、プラズマテレビなどの放電技術開発に携わってきましたが、ナノイーデバイスで放電の技術者を社内公募していたので、新しいことにチャレンジしたいと参加しました。やってみると大気中の放電がこんなに他と異なるものかと驚きました。さらに「水」までからんでくる複雑なデバイス、チャレンジングなプロジェクトでした。
特に開発が行き詰まったときに大事なのが、「何でも疑ってみる」姿勢だと思います。今まで当たり前だと思っていた前提や仮説を「本当にそうか?」と一から検証しなおすと、前提条件が間違っていた、最適解が別にあったという場面は少なくないはず。これまでとは全く異なるブレークスルーを生み出すには、周囲に流されず、あまのじゃくになって考えなければならないこともあるんですよね。
今から性能アップに向けて試したいアプローチもあるのですが、ちょっと今の規格では実現が難しそう。規格ごと変えるような抜本的な改良を行う頃合いかもしれませんね。

石上さんの顔写真
石上

ナノイーXが持つ脱臭効果は目に見えない上に、嫌なにおいをなくす、つまりマイナスの状態をゼロに戻すのが大きな役割。ですから、使っていても、その効果に気付かれないことはよくあります。ですが、私はそこが気に入っています。見えないところで黙ってよいくらしを支えている。技術というのは本来そうあるべきなんじゃないかとよく思います。
ナノイーXは別の商材に搭載して、価値を発揮するデバイスです。そのため、搭載先の商材が持つブランドイメージ、何をその商品で実現したいかをナノイーX側でも考えなければミスマッチになってしまう。商品が生み出したい「価値」「くらし」に適合した性能が出せるようにこれからも改良を続けていきます。

FUTURE

メンバー集合写真

前列/左から田中 美穂、今井 慎、秦 秀敏、前川 まどか
後列/左から須田 洋、石上 陽平、小村 泰浩、有村 直

ナノイーXの最上位ブランドになった「ナノイーX(48兆)」は、2021年から空気清浄機、エアコン搭載モデルの販売がスタートし、出荷台数は年間100万台以上に達する見込みです。空調機器以外の洗濯機や冷蔵庫などの社内商材への展開や車載機器、設備機器といった外販も拡大しています。
さらなるラジカル発生量増大はもちろん、くらしプロダクトイノベーション本部ではその他さまざまなアプローチからナノイーの特性を変える研究が進んでいます。新たな価値を生み出せれば、新たな商品が生まれる。絶え間ない挑戦がパナソニックを支えています。

〈関連リンク〉

*所属・内容等は取材当時のものです。

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