日本を代表するシリアル・イノベーターであるパナソニックの名誉技監 大嶋光昭博士へのインタビューを通して、今の日本企業に必要な変革とは何かを探るスペシャル企画の第2弾。今回は、早稲田大学ビジネススクール教授 入山章栄氏との対談が実現しました。入山先生が監訳した「両利きの経営」は、まさにイノベーションに求められる条件であり、実はパナソニックが過去にやってきたことでもあると大嶋博士は語ります。途中、現場にいた大嶋博士率いるエジソンラボの若手メンバーも飛び入り参加、とても盛り上がった対談になりました。
2021年09月
プロフィール
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入山 章栄 氏
早稲田大学大学院 経営管理研究科(ビジネススクール) 教授
慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。 三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。
「両利きの経営」を監訳し、成熟した大企業・中堅企業がイノベーションを起こすうえで、最も重要と言える理論を広める。 -
大嶋 光昭
パナソニック 名誉技監、イノベーション推進部門 ESL研究所(エジソンラボ) 所長、工学博士、京都大学 特命教授、手振れ補正、5G通信など10件の新規技術の基本特許を発明し実用化。これらの発明技術に基づき興した新規事業の累積営業利益は3,000億円(売り上げに換算すると6兆円)に及ぶ。国内外でシリアル・イノベーターと称される※1日本を代表するイノベーター。紫綬褒章、旭日章受章。恩賜発明賞など受賞。著書:「ひらめき力の育て方」共著:「考え続ける力」
目次
「変わり者」から「イノベーター」へ
ありがとうございます。今でこそイノベーターの言葉は定着しましたが、クリステンセンが「イノベーションのジレンマ」で2000年に流れを作り、「イノベーター」の言葉が広まったことが大きいです。言葉って定着するのに20年かかるので、やっと2020年に定着しました。その前後に出たのが今回の「両利きの経営」で、これから本格的に日本でイノベーションが始まっていくと思います。
逆に言うと、2000年くらいまでは日本にイノベーターという言葉がなかったんですね。
そうなんです。だから私は何と呼ばれていたか・・
「変わり者」?
その通りです(笑)。ところで海外と日本ではイノベーターに対する評価がだいぶ違いますよね。それこそ20年近く遅れているんじゃないかと。日本ではほとんど私の名前は知られてないんですけど、海外では知られているんですよ。日本ではやはり製品を作った人のほうが取材される場合が多くて、源となる新しい技術やサービスを生み出した人は表に出ない場合が多いですね。そういう違いがあります。やはりイノベーターがもう少しリスペクトされる、そういう時代が来ないと本当のイノベーションは起こらないと思います。
イノベーションの源を考えると、大嶋さんは、以前からものすごくいろんなことに関心がある感じですね。
私自身は好奇心が強いと思いますし、好奇心が強いことは多様性の源です。何歳で好奇心を失うかによって、私はイノベーターとしての寿命が来ると思うんです。
大嶋さんみたいな技術的なイノベーターではないのですが、ビジネスって意味で革新を起こしている方は日本でもいらっしゃいますね。そういうみなさんの最大の共通点って、好奇心なんですよね。とにかく色んなことに興味がある。
そういう意味では松下幸之助創業者は、好奇心が旺盛でしたよ。実は10分くらいお会いしたことがあるんですよ。入社1年目に京都のお寺で。私の親友のお母さんが亡くなったお通夜でした。友人のお父さんの知り合いみたいで、びっくりしましたよ。幸之助さんは、耳に手をあて頭を傾けながら聞いてるんです。「それはどうなりましたか」って質問ばかり。相手からいろいろと情報をもらうのが非常にうまかったです。
イノベーターにとって「聞く」ってものすごく重要ですよね。好奇心があるから自分でもしゃべるんですが、どんどん質問するっていう、まさに幸之助さんもそういう人だったのですね。
先ほどお話に出たクリステンセンは、「イノベーターのDNA」という論文も出していて、本当に世の中に革新を起こしたアントレプレナーの人間的な性質は何なんだろうということを解き明かすっていう研究があるんですね。そこで4つの条件があるっていう風に見つけたんですね。そのひとつが、「クエスチョニング」といって早い話が「現状を疑う」というか、常にいろんなことに疑問を持つ、まさに「聞く」ってことだと思いますね。何でこれこうなんだろう、と現状に疑問を持っていろいろ聞いていく。
2つ目が「観察力」、なんでこうなるんだろうとひたすら観察する。3つ目がじゃあ自分でやってみようと、とりあえず試してみるという「実験力」。最後が「ネットワーク力」。自分だけでは分からない時に、無理に自分だけで考えず誰が教えてくれるだろうって考える。その4つがあるのが大体共通項目だという研究があるんです。
要は最初の3つは好奇心でしょうね。ネットワーク力はちょっと違いますけれど。
私もどちらかというとネットワーク力があるほうでしょうね。非常に付き合いを大事にしますからね。1回会うとずっとクリスマスカードとかカレンダーを送るようにしてるんです。
クリスマスカードを送るんですか。
アメリカ人には必ずクリスマスカードとかカレンダーを送って1年間に百何通かカレンダー送ってましたよ、毎年。
それ大事ですよね。
それが10年経つと偉い先生でも覚えてくれてるんですよ。
それで私が結構偉い先生と知り合いなのは講演会で質問すると必ず名刺をもらってね、カレンダーを送るんですよ。
クリスマスカードを送り続けるんですか?
はい。そうすると覚えてくれてますね。
ははは(笑)
なんか覚えちゃうんでしょうね(笑)そのつながりを通して、結構偉い人にも会える機会ができて、結果的に知り合いが多くなりました。アメリカ人の友達結構多いですね。
イノベーターは、本は、読まない。モデルを作る。
私は若い頃にハーバードビジネススクールのソルジャーフィールドの寮に泊ってたことがあります。30歳のころに、アメリカ人の友達が学んでいたのでしばらく泊めてもらいました。あそこで考えがガラッと変わりましたよ。変わったことはね、「知識が大切ではない」ということを教えられました。
それはどういうことですか?
だって、彼は毎晩3冊の分厚い本を見せるんですよ。「私はこの3冊の本を明日のゼミで使うんだ」、って言って「日本人は知識を覚えることが大事だと思っているけれどそんなのどうでもいいんだ。そんな知識は一晩あれば、本3冊分はすぐ手に入る。日本人はあまりにも知識を大切にしすぎてるよ」。私はそれ以来本を読まなくなりました。
奇遇ですね。私もあまり本を読まないんですよ。読むやつの気が知れないなと思いながらいつもいるんです。
私は技術をやるときも専門的な文献は読まないんですよ、基本的に。自分で考えてやるんです。
論文とか読まれないんですか?
読むとダメなんです、既成概念に引っ張られちゃうから。基礎的なところだけ理解した上で、自分で考えます。全く新しいことをやろうとしてるので。
まったく新しいものを考えるには、どうしたらいいですか?何か「こういうものが必要だ」があって、それをずっとボーッと考えている感じですか?
「モデルを作る」ことが大事なんです。モデルを作ることに関しては専門知識はいらないんですよ。基礎的なモデルが理解できたら、そのモデルからどんどん新しいものを作れるでしょう?
なるほど。
通信だったらモデルなんて1個しか必要ないんですよ。そこの基礎はしっかりやりますよ。そこから先の応用はいろんな人が考えるんであって、そこを考える前に結論を読んでしまうとダメなんです。自分のモデルを作れたら、応用は100個くらいできるじゃないですか。
大変おもしろいですね。
以前大嶋さんとちらっとお話させていただいたときに、大嶋さんは、「イーロンマスクは、モデルを分かってる」ておっしゃってたんです。彼は今本当にすごいじゃないですか、全くゼロから作ってて。でもゼロからモデルを作れるから自動車の既成概念取っ払ってああいう全く新しいものができてくるということですよね。
そう考えるとこれからの日本でイノベーションを起こすときに、どうしても今我々の考え方って、何か弟子入りしたようになった上で教えられたものがあったりとか、どちらかというと常に既存のものがあってそれをベースに考える、それがまさに読書とか論文を読むということになる実はそこが結構ひとつの課題なんじゃないかと思いますね。
そうですね。そして技術者の場合、モデルを作る訓練は大学の博士課程なんです。だから私は技術系の学生はドクターを取った方がより良いと思っています。ドクターの仕事は、モデルを作って科学的なアプローチをする訓練なんです。専門知識はあくまでも訓練の材料であって、そこで新しい勉強をしてモデルを作るんですよ。
大事なのは、モデルを作る能力?
そうです。私も実際、大学で博士課程の学生を教えていますが、モデルを作ることができる人はドクターの中でも2割くらいですね。8割は作れないですね。
なるほどね~。今このパナソニックで新しい技術的なチャレンジをしながら、大嶋さんも若手の指導をされて、彼らにはモデルを作って欲しい?
モデルを作らないと新しいことが生まれませんからね。私が入山先生に興味を持ったのも、モデルに関係あります。ピッツバーグ大学のPhD(博士)を取ってらっしゃるでしょう。やはり普通の人はビジネススクールに行くとMBAをとる人が圧倒的にが多いんですよね。だけどPhDの方にお会いしたのは初めてなんですよ。モデルができる方なんだと思いました。
確かに、MBA(経営学修士)と博士って全然違いますね。MBAは上から与えられたフレームワークをいかにビジネスに応用するか、なんですけれど、当然PhDは研究。私は社会科学で、最初にアメリカでやったことがまさに「経営理論ってどう書くんだ」のトレーニングでした。社会科学は哲学とか科学哲学とかから考えなくてはいけないので、今思うとそれが自分の血潮になっています。だから本を書くときもスクラッチから物事が組み立てられる。確かにあまり深く考えたことなかったんですけど、今大嶋さん言われたらそうかもしれないと思いました。
大嶋:やはり技術者にはモデルを作る能力が、今後は求められると思います。そうじゃないと日本企業は生き残れないから。今、日本ではこの種の人材が足りていないですね。もっとPhDを増やさないとまずいと思います。私は若い技術者には社会人ドクターをとることを勧めています。
なるほど。逆に言うと若い技術者さんへのメッセージとしては、できたら博士課程に会社からチャンスをもらっていくべきですね。そしてモデルを作る能力を付けてまたパナソニックヘ戻ってくるというのが一番いい。
それが一番いいですね。そうしないと本当に当社を含めた日本企業が復活するのに重要な基本的な技術が生まれないと思います。
なるほどね。
モデルを作らない限り新しいことは生まれてこないと思います。
松下幸之助は、「両利きの経営」を実践していた
今回、大嶋さんが私に声かけてくださった理由のひとつは「両利きの経営」ですよね。もっとパナソニックがこれをやるべきだと考えられているのだと思います。改めて、「両利きの経営」のどのあたりが刺さったのでしょうか?
私の持論は「日本では成熟企業でこそイノベーションが起こる」です。私見ですが「パナソニックは両利きの経営を行って発展した会社である」と思っています。
あ、これまでのパナソニックは、実は「両利きの経営」だったと。
そうです。実際には幸之助さんと城阪(きさか)さんと中尾さん※2の3名が、無線研究所を1962年に作りました※3。この時点で幸之助さんは両利きの経営を理解していたのだと、私は思っています。既存の組織から隔離して、大学の助手など、外部から人材を取ってきたんです。既存のままではまずいと思ったのでしょう。独立した予算まで立てたんですよね。だから本社の言うことを聞かないんです(笑)。地理的にも、本社から1kmも離れていたので。
※2 当社 技術最高顧問ならびに取締役副社長を歴任。顧客視点での現場主義を貫き、技術者の育成にも尽力された。
※3 無線研究所の起源は1962年3月無線事業本部傘下の研究部が「研究所」に昇格し、1966年12月の無線事業本部廃止に伴い、無線事業本部研究所を「無線研究所」に改称された。初代研究所所長は城阪さん。
門真からちょっと離れてると、めんどくさくて行かないですもんね。
だから自由闊達な環境で研究ができました。無線研究所は500人の独立した組織で、ひとつだけ、恐らく幸之助さんたちが作ったと思われるルールがあって「中央研究所のやっていることをやるな」と。だから世界初のことをやるしかなかった。
中央研究所がやったことがないのは、誰もやったことがないことなんですね。
レベルの違いはありましたが、みんなが世界初のことに挑戦していました。まさにパレートの法則※4で、2割のテーマしか成功しませんでしたが、失敗しても怒られず、むしろ褒められました。だから、失敗した人も再挑戦するんです。挑戦を繰り返すうちに成功して世界最高のスピーカーとかドライブとかいろんなセンサーといった大きな技術成果が1年か2年に一度、生まれました。そういった技術が今のパナソニックを支えています。
※4 「全体の数値の8割は、全体を構成する要素のうちの2割の要素が生み出している」という経験則のこと
実際に失敗の重要性というのは私もすごく感じるところがありまして。
実はスティーブ・ジョブスの本質は失敗王なんですよ。
例えばPINGっていうSNSを昔アップルが出してるんですが、誰も使わなかったし、ipodシャッフルってのもありましたが、めっちゃ使いにくいんです。曲がシャッフルされるんですよ。意味が分からない。(笑)
でもスティーブ・ジョブズはそういう失敗にめげずにいろいろチャレンジするから、結果的にたまに当たって、それがiPhoneだったりMacBookだったりするんです。まさに「知の探索」ですね。他にもAmazonのジェフ・ベゾスも、話によると1年間で70くらい新規事業をやって1年半の間に大体撤退してる。
やはり「知の探索」っていうのは、遠くの知を見て色んなものを組み合わせていくっていう行為で、それは失敗がどこかで出てきます。
ところが一般論として日本の会社というのは失敗が苦手なんですよね、苦手というか、だんだん成熟してくるとそこを受け入れられなくなると、だから無線研究所というのは、失敗して全然構わないとは言わないけれど、失敗してもまたチャレンジさせるという文化を作ったというのは相当大きいですよね。
お話を聞いていると、松下電器(現 パナソニック)は「マネシタ電気」と呼ばれていましたが、そういう「知の深化」でうまく儲けて、一方で無線研究所で「探索」をやってるからそこから新しい事業が出てくるんだという、まさに「両利きの経営」ですね。
「知の探索」をするには挑戦する意欲が大事です。今は、僕らの時代と比べると挑戦する量が減ってますね。時代背景もあると思います。
それはパナソニックであっても、これだけ大きくて立派な会社になっちゃうとなかなか挑戦しづらいですか?先ほど、大嶋さんの部署の若い方にお会いして、皆さん結構楽しそうにお仕事されて、かなり挑戦されてますよね。
高浜君どう?挑戦してる?
挑戦しかしてないです。
高浜さんは大嶋さんの下で楽しそうにチャレンジされてますけど、それはパナソニックに入ってチャレンジしようと最初から思っていたんですか?
僕は運がよかったんです。内定決まっていたのに大学の単位取り忘れて内定取り消しになったんですよ。その話を大嶋さんにしたら、「ちょうどええやないか」と。大嶋さんが新しい研究所を始めるところで、新入社員も入れたいのに、全員配属先が決まっていて誰も取れなかったそうです。そこで大嶋さんに拾ってもらいました。1年間は嘱託契約で、大学生しながら大嶋さんのところで働きました。卒業してから一度退社して、すぐに再入社。僕のために規則を変えてくださったパナソニックの人事の方に感謝しかないです。
すごいね、ほんと。イノベーションには失敗が必要だけど、失敗を恐れない土壌がある?
それがあるからこそ、僕がここに居続けています。元々、起業するか、ベンチャーに行くか、大手に一度行くかの3つの選択肢を持ってました。大手に行ったら、なぜ大手は新しい未来を作れないのか知りたかったんです。
なかなか大胆な発言だけど、高浜さんから見ると日本の大手企業は未来を作れそうになかった?
そうです。日本の大手企業はたくさんあるのに、世界に見せられるレベルのものはないなって。特に僕が卒業した時は海外ではAmazonなどが世界に進出してた時期なので。せっかく日本にいて経済も潤ってるのに大企業がなにもしないって、もったいないと思うんです。でも日本でスタートアップやるって難しいですよね。だからこそ大企業のリソースを使って大きいことをするのが無理なのか確かめたかったんです。ダメだったら独立するしかないと思ってました。でも大嶋さんの研究所は、大企業の予算や人の繋がりを使って自由に挑戦させてもらえるポテンシャルがある部署だと思います。
若い人にそう言ってもらえると嬉しいですね。今の部署、つまりエジソンラボ※5は、無線研究所のミニチュア版なんですよ。
※5 イノベーション創出を目的とした"出島"的な機能を有するラボ
このエジソンラボが注目されれば、また面白い人が入って、そこから高浜さんに続くイノベーターが出るかもしれないですね。
あと重要なのが、両利きの経営って時間かかるんですよ。2年や3年で目に見えた変化が起きるはずがなくて、10年20年、本当は30年ぐらいのスパンで物事を見て、粘ってやっていくことが重要です。結局、今、日本でも世界でも新しいことができている会社ってほとんどがまだ創業者がトップの会社です。
社長の任期は法律で決まったわけじゃないですから、ちゃんと知の探索、両利きの経営をこなせるリーダーならむしろ長くやって粘ってもらうってすごく重要ですよ。ぜひ、新しく社長になられた楠見さんには両利きの経営で粘ってほしいです。
「目利き力」が評価されるべき時代
会社ってベンチャーの頃とか若い頃って、とりあえず実行に移したら上手くいった、みたいな、まさに「知の探索」の塊ですよね。ところが、だんだん会社として回りだすと社会責任が出てくる。ステークホルダーにきちんとリターンを出して、予算を立ててそれの中できちんと回していく。そのうち財務部門が強くなってきて・・・。それはそれで、会社としては回るし、社会の信用力になります。しかし、知の探索的な「とりあえずチャレンジして行っちゃおうぜ」が難しくなってくる。
目先の利益を追求する分にはいいんですけど、本当に大きな変革をしなきゃいけないって時には探索ができなくなってくる。これが多くの日本企業で起きている問題だと思ってます。パナソニックも知の深化はすごくしっかりやられてますから、知の探索側を促すカルチャーとかルール作りが課題ですよね。
これは難しいですね。深化も大事で、営業利益が赤字だったら探索はできないですよ。まずは第1ステップで深化を進めて、次のステップとして探索を進めないといけない。今パナソニックはまだ深化が必要な段階だと思います。
あ、大嶋さんがそう思われているわけですね、会社全体としてはきちんと儲けるべきところでしっかりと儲けましょうと。
僕らの時代は営業利益率が10%以上※6あったので打率が一割五分ぐらいの低い人でも打たせてもらえたんですよ。
そして思いっきりやっても、怒られなかった。だって失敗しても会社に影響を与えないから。
※6 1984年の営業利益率は12.6%
なるほど。そして今は営業利益率が数%になっていますよね。
ただ、営業利益が数%と低くても、探索できないことはないんです。
今は打率が三割以上ないと効率が悪くてやらせてもらえない。逆に言うと、打率が3割以上のイノベーターがやれば別に営業利益率が2%でも行けると思うんですね。ただ打率が3割以上の方を「目利き」することが大事になります。
大嶋さんが今おっしゃった「目利き力」は、なかなか言語化できないです。目利きを分けるポイントってありますか?
年齢ですね。目利きは、結局パターンマッチングです。成功と失敗を繰り返さないと身につきません。パターンを500持ってる人ならパッと見て、誰に似てるか判断して打率まで分かります。○○さんと同じパターンだから打率は2割8分など。
パナソニックなら大嶋さん以外にも目利きできる人がいるのでは?そういう方々がうまく力を使って若手を引き上げられる仕組みがあると、おもしろいかもしれないですね。
今は目利きの観点で評価できていないですね。そういう視点で評価することが大事かもしれませんね。これまでの日本企業は調整能力で人物を評価してきました。今後はイノベーターの、挑戦力とか打率で評価する時代に変わっていくと思います。今は多くの成熟企業が、調整能力とかの人物評価です。上に立つ人物は調整能力や人望がないと人がついてこない。そういった組織重視の評価から、個人の評価に今後20年で変わっていくんだと思います。
大嶋さんの話を伺ってると、今までは知の深化を行っていたから、調整能力が重視されていたけど、今後は研究開発や新規事業の打率が高い人や、打率が高い人を見抜ける人が評価されるかもしれないですね。
そうですね、そっちに向かうと思いますよ。そういったところで今後20年で、イノベーションが起こる会社と起こらない会社に分かれると思います。起こらない会社は潰れていくんでしょうね。
成熟企業こそイノベーションを起こしやすい。鍵は、スピード。
ここまで、松下幸之助さんがいた頃は無線研究所で知の探索をしていたからこそ、今の地位を確立でき、もしかしたら最近は知の深化に偏りすぎたのかも、と伺ってきました。面白いのが、世間ではベンチャー企業がイノベーションの鍵だと言われていますが、大嶋さんが言うにはパナソニックのような大企業・成熟企業の方がイノベーションを起こしやすい、と。
その通りですね。イノベーションの成功・不成功を決めるのはスピードです。3年ぐらいで目途を立てないとゲームオーバーになっちゃうんですよ。はっきり言って日本ではファンドがまだ確立されてないので、成熟企業がやるしかないです。両利きの経営をすれば人材はいますし、悪いのは遅いことだけですよ。それを除けばベンチャーより条件いいですよ。
リソースはベンチャーよりいいですよね。
そりゃそうですよ。ベンチャーで弁護士とか知財の専門家といった必要な人材を1から雇っていたら大変です。大企業は連合艦隊方式です。航空母艦1隻だったら1発のミサイルで沈没して負けちゃうじゃないですか。巡洋艦とか駆逐艦とか潜水艦で固めるんです。ベンチャーでそれをやろうとしたら時間かかっちゃいますから。
じゃあ問題はスピードだけなんだ。
それだけです。スピードが落ちるのは慣性があるからです。組織自体が大きいですから、うちの場合だったら27万人をゴロンと動かしたら結構大変なんですよ。5名だったら早いです。
* 2019年3月31日 連結の従業員数: 271,869人
なるほど、すごく面白いし勇気づけられる話なのが、大企業の方がイノベーションを起こす素地はあるんだと。問題はスピードだけで、企業が大きくなるほどスピードが落ちる。だから、今エジソンラボでやっているみたいに少人数でパパっとやる必要があるんですね。
どうですか、パナソニックの中にエジソンラボ的なものをフランチャイズ化するのは?
上手くいったらそうしたいと思ってますよ。そのためには今のテーマを成功させることが絶対条件ですね。
いいですね。それで結果が出て、27万人の超巨大企業で、これだけ優秀な人材がいて、優秀な技術が眠っていて、エジソンラボ1号、2号みたいに、いろんなラボができるといいですよね。汐留でも、門真でも、滋賀の草津にできてもいいし、海外にできてもいい。そこに小さなラボができてくると、パナソニックがイノベーション企業の総合体になるんじゃないでしょうか。
「知の探索」から「知の深化」へのトンネル
あとは両利きの経営の中で難しいのは出口です。知の深化側を通らないと外に出られないじゃないですか。大概のテーマはそこで潰れちゃうんですよ。無線研究所の場合は、ここに「トンネル」をつくったんですよ。知の探索の人と、深化の人の、融合領域を作ってそのマッチングがうまくいったんですよ。
なるほど、無線研究所の外部に、無線研究所を理解してくれている方々がいると。
そうです。委託研究制度を導入して、外部の方に現場から要望などをヒアリングしてもらって小さく実施をしてみて成果をどんどん出す、っていう。そうすると挑戦できる領域が増えていき、大型のテーマも社内で実施することができるようになりました。このやり方で25年間継続することができたのです。
今だったらエジソンラボのことを理解してくれる人はいるんですか?
います。だんだん何人か作ってます。そういう時に僕みたいな年齢の高い人じゃなくて若い人がいるから非常に上手くいきましたよ。高浜さんに行ってもらうんです。
若くてキラキラした奴がいくとね。実際そうなんですか?
そんな感じです。「教えてくださいー!」っていくと大体教えてくれます。それで僕が掘削してトンネル掘って、そこを大嶋さんが大手を振って通るっていう。
結構新しいやり方ですよね。僕の感覚だと知の深化の方に若手がいくと跳ね返される印象だったんですが、確かに高浜さんはパッと見ても印象いいし、ニコニコしてるし、こういう子が「頑張ってるな」って思うと応援したくなりますよね。汚いおじさんが行くよりも全然いいですよね。
基本的に知の深化と知の探索は水と油で必ず摩擦が起きるんですよ。摩擦が起こるくらいじゃないとダメなので今度はこの摩擦を上手くどう回避するかっていうのが問題です。そこで何らかの融合政策が必要なんですよね。
僕が大企業でイノベーションを起こすには、経営層から共感を得ることが重要ですと言ってます。応援してくれる役員さんがいて、その人はある程度差配してくれる。ただ、パナソニックの場合はもう大嶋さんがいらっしゃるんでむしろ問題は地上戦の方ですよね。課長さんとかそのレベルの方々に理解いただくところで止まったりしますよね。そこを高浜さんがやってるっていう。
ありがたいことに、話を聞いてくださるんですよね。大企業っていうとしがらみが多いイメージを持ってたんですけど「来週も予定空いてるから打合せ入れといて」 とか言ってくださいます。
兆円規模に目線を上げれば撤退も早い
目利きの話に戻りますけど、僕の特徴は撤退も早いです。3か月ぐらいでやめちゃいますね。4月に初めて7月にやめちゃうこともあります。時間がもったいないですからね。
何を基準に目利きをしてますか?
元々のハードルが高いんですよ。山が高いと結構早い段階でやめられるんですよ。3合目でダメだねって。
なるほど。常にテーマが大きいことも重要ですね。パナソニックのような大企業で新しい事業をはじめようとするときに多いのが、最初から事業になっても数十億円ほどの小規模なものしか出なくて、何兆円と儲けている会社の中で、数億円儲けても意味ないって言われちゃうんですよね。
30億円の事業なんてやっても仕方ないです。7兆円企業ですから。狙うなら1兆円ですね。
兆円単位でやるから意味があるんですね。
僕らが活動した1980年代はみんなが1兆円を狙ってましたよ。冗談抜きで。ビデオとか。だからこんなに大きくなったんですよ。20人のうち1人でも成功すればいいじゃないですか。
日本企業のベンチャーだって1兆円規模はないわけですよね。数百億が限界です。パナソニックはこれだけリソースもあるから、若い方でチャレンジしたいことがある人はもう思いっきり目線を上げて欲しいってことですね。
それだけのキャパ持ってますから。1兆円事業を実現する人員とかインフラや機能を持ってますから。
例えば目線が最初から「100億の事業」だったら、上手く進んでいなくても「100億ぐらいなら作れるじゃん」ってなってしまいますけど、1兆円ってなると「今の段階でこの状況なら絶対に無理だよね」って判断がつきやすいですよね。
その通りです。撤退が早くなります。目線を高くすると、すぐに結果が分かります。
この視点は日本の大手企業にはない視点ですよ。意外とみんな持ってないです。意外と目線低いところから始めてだらだら続けてしまって。
よく言われているのは、目線低いとこからはじめて、徐々に目標を上げていくという考え方です。しかし僕はこれ大嫌いです。目線が低いと評価が甘くなってしまいますから。目線を高く厳しくいけば、目標に到達できるかどうかすぐ分かりますよ。
なるほど。ベンチャーだと早期撤退したら潰れてしまいますけど、大企業なら問題ないですね。
パナソニックの中で、大嶋さんみたいな方がどのくらいいらっしゃるか分からないですけど、エジソンラボをぜひバンバン作ってもらいたいです。まずエジソンラボが成功するってことが前提で。そして高浜さんみたいな若い方が目線を高くしてチャレンジすると。そして、若手が社内で「こんにちは」って言ってトンネルを開いて事業化して来る。そういうサイクルが回っていくと多分パナソニックからどんどんの新しいもの出てきますね。
それと先生にお会いしたかった理由はもうひとつあって、僕は理論が好きで、理論があると生産性が上がるんです。私は特許件数が一般の技術者より1~2桁多いのですが、これは市川先生の等価変換理論※7を用いているからです。理論つまり理屈が分かると発明の生産性が10倍に跳ね上がります。イノベーションも同じです。僕は入山先生に理論でイノベーションの生産性を上げてほしいと思っています。
※7 1955年、市川 亀久彌博士(元同志社大教授)によって提唱された理論「異なるものの中に潜む同じもの」、すなわち等価関係の洞察と発見を跳躍台として、創造へと導く方法論であり、発明や技術開発、製品開発などすべてに通用する実用的にもきわめて優れたものである。
そういう意味ですと、分厚い「世界標準の経営理論」をお読みいただきたいです。世界で初めて経営理論を全て体系化したものです。確かに大嶋さん言われるように書きながら理論を理解したので、書いてから会社や人を見る効率が上がりました。
というわけでね、技術者の方は博士課程に行って、物理とか理論を・・そしてまずは「世界標準の経営理論」を読んでいただければと思います(笑)。
〈関連リンク〉
3,000億円の営業利益を生み出した男・大嶋光昭とは何者か?
*所属・内容等は取材当時のものです。
大嶋さんの経歴を拝見しまして、本当に日本を代表するイノベーターと言っていいんじゃないでしょうか。