すべての人を
笑顔にできるデザインを、
世界へ発信したい。
広告クリエイティブ 秋庭 陽子
寂しくて眠れない夜は、看護師さんが絵を描いてくれた。ぜんそくで入院することが多かった幼い頃の秋庭陽子にとって、枕カバーに描いてもらったアニメのキャラクターたちは、夜の友達だった。見ていると今にも動き出しそうな気がして、話しかけているうちに安心して眠ることができた。絵には不思議な力がある。そう思った秋庭は、同じように入院している子ども達のために絵を描くようになった。自分が描いた絵を持って嬉しそうにしている顔を見て、もっともっと絵を描きたいと思った。そして、その想いのまま成長した秋庭は、美術大学へと進学した。
「デザインやるなら、パナソニックだぞ」。ひとりの教授が、よく言っていた。その教授が以前に勤めていた会社ということもあって、授業中にパナソニックのデザインの話をすることが多かった。「『デザインをすごく大事にする会社だ』『いろんな商品があるから、いろんなデザインができていいぞ』とか、よくおっしゃっていたので、すっかり影響されてしまって」。気付くとパナソニックでデザインをすることが、秋庭の目標になっていた。そして就職活動が始まると、真っ先に受けにいった。
配属されたのは、情報機器本部という当時できたばかりの部署。そこで、パソコンやワープロのプロダクトデザインとUI(ユーザーインターフェイス)デザインの担当となった。「毎日のようにアイディアスケッチしたり図面を引いたり、設計の方と折衝したり。もともとグラフィック専門でしたから、プロダクトデザインは苦労しました。でもその分、上司の方や先輩に手取り足取り、時間をかけて教えていただので、しっかり学ぶことができましたね」。
その後、AV機器のパッケージデザインやUIデザイン、さらに次世代の技術開発に取り組む「先端研究所」で先行開発デザインなどに携わり、デザイナーとして大きく成長していった。そして現在、調理家電と美容家電のコミュニケーションデザインを担当している。「入社以来、本当にさまざまな形のデザイン業務を経験しました。そのなかで分かったことは、パナソニックのデザインは常に人のことを大切に考えているということ。形があるものでも、ないものでも、人にどう喜んでいただくかを考えることから始まるんです。そのなかでアイディアを出し続けることができたのは、私の障がい特性であるコミュニケーションへの苦手意識が、プラスに働いたからかもしれません。どう伝えれば分かってもらえるか、人一倍考えてきましたから」。
自らの障がいを今では笑って、そして胸を張って言える。でも誰にも言えなかった時期もあった。どうして自分は、仕事を頼まれた時に「なぜそれが必要なのか」を納得するまで聞いてしまうんだろう。どうして気になることを、いつまでも調べてしまうんだろう。どうしてすぐに忘れ物や落とし物をしてしまうんだろう。自分でもどうしようもなくて、ずっと思い悩んでいた。それが発達障がいによるものだと分かった時、すぐに受け入れられなかった。誰にも言えず、ずっと隠して働いていた。そんな時に久しぶりに会った同期に声をかけられた。「元気か?また、秋庭さんのデザインで助けてくれよな!」。
自分を必要としてくれている人がいる。その事実が、一歩を踏み出す勇気になった。まずは、同じ悩みを抱えている人が社内にもいるかもしれないと思い、調べてみた。すると、障がい者の活躍を支援する有志の社内コミュニティ(Diversity & Network)を見つけた。思い切って参加してみると、そこには障がいのある人がたくさんいた。私はひとりじゃないんだ。そう思ったら、今まで言えなかった自分の話を、素直に話すことができた。
「それから同僚のデザイナーたちに話したり、Yammerという社内の誰もが見られるコミュニティサイトに投稿してみたりしながら、少しずつまわりに伝えていって。そうしたら、みんな何も変わらず受け入れてくれたんです。すごく楽になって、あー最初から言えばよかったなって思いました。あと、会社がどんどん変わっていた時期でもあったんです。DEI(ダイバーシティ/多様性、エクイティ/公平性、インクルージョン/包括性)への取り組みがかなり進んでいて、人事の方にも手厚くサポートいただけました」。
今は社内の有志障がい者支援コミュニティの運営メンバーとして、発達障がい者について理解してもらうための活動を行うなど、多様なバックグラウンドを持つ人たちにとっても、働きやすい会社づくりに取り組んでいる。そして、デザイナーとしても大きなテーマに挑んでいる。「インクルーシブデザインを広めたいんです。これは障がいのある人とか、LGBTQの方、海外の方や妊婦さんなど、多様な人の意見を開発の段階から取り入れていく手法で、あらゆる人に受け入れられるモノづくりには欠かせません。これによって、これからの世界をより良く変えていける製品を、パナソニックから発信したい。そこには障がいのある自分だからこそ提案できることが、絶対にありますから」。