パナソニックの#はたらくってなんだろう 旭日章受章 スペシャル企画 Vol.1 大嶋博士のつくり方〜名誉技監が語る、イノベーションに必要なもの〜

大嶋博士の写真

パナソニックの名誉技監、大嶋光昭博士は1974年に松下電器産業株式会社(現 パナソニック)に入社して以来、登録特許は1300件、そのなかからは新規事業が4件も立ち上がり、それらの事業がもたらした営業利益は3000億円。さらに、平成16年の紫綬褒章受章に続き、令和2年春の叙勲においては「発明考案功労」により、旭日章*を受章した、日本を代表するイノベーターのひとりだ。受章対象となったのは、大きく以下の3点。

・高速デジタル通信の基本特許技術の開発(5Gの超低遅延通信、4G・5Gの高速OFDM、3G~5Gの適応変調の発明)
・手振れ補正の基本特許技術の開発と世界初の製品化(ビデオカメラ、デジカメ、スマートフォンに採用)
・著作権保護の基本特許技術の開発と事業化(ゲーム機用、録画用:ダビング10)

大嶋博士が残してきた数々の功績にはどのような背景があり、今後日本の企業はどのようにして成長すべきか、話を聞きました。

*旭日章は1875年に創設された勲章。

2021年04月

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プロフィール

  • 大嶋 光昭 氏

    日本を代表するシリアル・イノベーター。
    独自の発明手法で10件の技術を発明・事業化
    「出口戦略」に基づき4つの新規事業を興す
    紫綬褒章、旭日章受章、恩賜発明賞など受賞
    (現 パナソニック株式会社名誉技監 イノベーション推進部門 ESL研究所(エジソンラボ)所長、京都大学 特命教授) 

    大嶋 光昭さんの似顔絵

10年の技術の基本特許を発明・開発・事業化

目次

  1. 成功のカギは、目利き力にあり
  2. 地殻変動に対応するには、「0から1」を生み出す人材が必要
  3. 必要条件は、多様性、鈍感力、そして与信額
  4. 熱い想いはあるか?
  5. 目利き力を鍛える成功体験こそが、今の若手に必要

成功のカギは、目利き力にあり

大嶋博士の華々しい技術成果の秘訣は、博士が長年培ってきた独自の『成功モデル』にあるという。なかでも特徴的なのは「出口までを見据えた技術開発」と「目利き力」だ。

大嶋:いくら技術開発が上手くいっても、日本経済が豊かだった30年前と比べると、日本企業は出⼝、つまり事業の規模が小さく弱くなっているので、開発に着手する時点で出口を考えておかないと、海外の企業との競争に負けてしまいます。技術さえ開発すれば営業がなんとかしてくれるという時代は終わったのです。

大嶋の成功モデル図解

市場の予測や、将来もその技術が使われるか、といった出口を考えながら技術開発する必要があると大嶋博士は語る。この考えに至ったのは無線研究所で得た経験がきっかけだ。無線研究所は1962年に松下電器産業が「世界初・世界一」を狙うべく創設した研究機関。通常の研究所と比べ、自由な研究が認められていた一方で、自主独立予算の比率が高く、研究を続けるためには利益を出すことを常に求められていたため、出口を考える研究姿勢が自然と身についたそうだ。
しかし、「世界初・世界一」の技術開発というのは必ずしも成功するわけではなく、成功率、つまり打率は大嶋博士でも3割3分程だと言う。ここで重要となるのが「目利き力」だ。

無線研究所の外観写真

無線研究所 (1980年頃撮影)

大嶋:研究テーマを⾒つけたら、それがモノになるかどうかを如何に短い時間で判断するかがポイントです。この判断を1~2週間で下すために重要なのが「⽬利き⼒」なんですよ。技術者は複数回の成功体験や失敗体験を繰り返すことにより⽬利き⼒が⾼くなるというのが私の持論です。私も無線研究所で成功と失敗を繰り返すことで技術だけでなく出⼝(事業)に対しても⽬利き⼒が次第に⾼くなっていったように思います。
野球に例えるなら「選球眼」とでも言いましょうか。手がけようとしている技術テーマが、ホームランが狙えるようなボールなのか、手を出さずに見逃したほうがいいボールなのか、瞬時に見定めることができれば、打率はぐんと上がります。最近の研究によると「選球眼が良くない打者は、ボールをボールと判定する能力は3割打者と変わらないが、ストライクをボールと判定する傾向があるため、打率が悪くなる」という実験結果が出ています。これは研究にもあてはまり、「目利き力が低い人ほど、よいテーマを悪いテーマと判断する」傾向があります。世の中には目利き力が低い人の方が圧倒的に多いため、テーマの検討会を行うとイノベーティブな良いテーマが悪いテーマと判断され、反対される原因のひとつにもなっています。私は講演会で「目利き力のある人はどうしたら見つけられますか?」との質問をよく受けますが、「見つけるのは簡単です。複数回の成功体験がある人なら必ず目利き力があります」と答えるようにしています。
野球の場合は年とともに動体視力が低下するため、選球眼が悪くなり打率が下がります。しかし研究者やビジネスマンの場合は逆で、年とともに経験知が増えるため、目利き力が高くなります。このため欧米では成功体験の豊富な研究者やビジネスマンは、フェローやコンサルタントとして若手の技術者や起業家を指導しています。日本でも成功体験が豊富で目利き力のあるベテランと、発想が柔らかく行動力のある若手の組み合わせが、イノベーションを成功させる有効な方法になると思います。

イノベーションに求められる目利き力図解

研究テーマの着手の判断に1カ月かかる研究者と、1週間で判断できる研究者とでは、判断するサイクルの回数にかなりの差があり、そのままスピードの差になります。そして、その差がそのままテーマの成功と失敗につながる、ということだ。大嶋博士が1300件以上の登録特許を保有し、巨額の特許ライセンス収入を得たるとともにその技術に基づき興った新規事業により3000億円の営業利益が上がった背景には、技術と出口の両面に対する「目利き力」があると言える。

地殻変動に対応するには、「0から1」を生み出す人材が必要

イノベーティブな人材が企業にとって必要であることは、今も昔も変わらない。しかし急成長を続けるGAFA等の海外新興企業に対抗するためには、人材の構成比率から見直す必要があると大嶋博士は言う。

大嶋30年前は「1を10」(以下1→10)にするための研究とそれに適した⼈材が重要でしたが、現在、特に今後は「0から1」(以下0→1)を⽣む研究とそれに適した⼈材が重要となります。「1→10」にする開発競争をすることで戦後⽇本企業は勝ってきましたが、今、その領域で勝っているのは中国企業です。この30年間で世界規模の地殻変動が起こり、先進国が勝てる地盤が「1→10」から「0→1」へと次々にシフトしていきました。アメリカをはじめとした先進国は迅速に「0→1」を生み出す新しい地盤に対応しましたが、こうした地盤への対応が遅れた日本は取り残され「失われた20年」とよばれる長い停滞期が続き、中国に追い越されてしまいました。
この遅れを取り戻すためにも、企業の人材戦略として、「1→10」や「10→100」にする人材ばかりではなく、「0→1」を生み出す人材の割合を一定程度高めていく方向に舵を切るべきだと思います。そのためには「0→1」の活動や人材を評価する仕組みが必要です。もちろん、全員が「0→1」をやったら会社がつぶれますので、あくまでも比率を高めるだけです。ただ、無から新技術を生み出す「0→1」型の研究の場合は自由闊達な組織文化が必要です。大企業ではどうしても管理統制色が強くなりますので、成果が出にくくなります。最初の「0→1」の段階では管理統制色をおさえて、「0→1」フェーズから「1→10」フェーズへと移行した段階で管理色を強めていけばよいのです。先に述べた無線研究所は自由闊達な組織文化であったため数多くの「0→1」の成果が出たのだと思います。

イノベーションに求められる組織

かつて日本は「1→10」つまり欧米の発明を改良することで、国際競争を制していた。実際に大嶋博士の第1号の研究成果である振動ジャイロセンサーは世界シェア80%、年商数百億円の高収益部品事業に育ったが、1950年代にアメリカで原型が開発され、それを改良した「1→10」の典型例だ。だが、今はその立場は中国に移っているため、どの国も着手していない「0→1」の技術開発に取り組む必要があると、大嶋博士は指摘した。

0から1を生み出すことの重要さを訴える図解

必要条件は、多様性、鈍感力、そして与信額

では、日本企業に求められる「0→1」を実現するためには何が必要なのだろうか。第一に求められるのは、専門分野や性別、人種、年齢といった多様性だ。

大嶋:専門分野が近い知識同士が結合しても、大したものはできないんですよ。このため、専門家だけでは大きなイノベーションはおこりません。専門分野が遠い知識同士が結合できた時はすごいですよ。例えば無線通信に欠かせないMIMO※なんて、通信技術と、全く別分野の地質探査技術とが化学反応をおこしたので通信分野に大きなイノベーションがおこりました。異質であるほどよい発想が生まれます。
このように、よい発想をするには異質性、多様性がいちばん大事です。技術部門も企画部門も、同年代の男性ばかりではダメです。生活家電なら、女性の研究者は絶対に必要。年齢も、なるべくバラバラの人が集まったほうが良い。衝突はあるかもしれませんが、お互い異質なところをリスペクトし合い、同じ目標に向かって意見を出し合うことでイノベーティブな発想が生まれるのです。残念なことに日本は地政学的に世界でも珍しい同一民族、同一文化の同質性が極めて高い国です。どうしても異質な人、文化、考えを排除する傾向があるので、多様性が育ちません。遺伝子的には日本人はイノベーション面で劣っていないので、この同質性がイノベーションを阻害してきたと思います。このため、かなり意識して、異質性、多様性を高める努力を続けないと欧米のような大きなイノベーションがおこらないと思います。

※ MIMO:無線通信において、送信機と受信機の双方で複数のアンテナを使い、通信品質を向上させる技術。

一見関係のない分野の技術者同士の化学反応を例に、多様性がイノベーションを生み出すことを説明した。また、イノベーションを起こす際には必ず反対意見を言う人が出てくるため、そういった言葉を受け流し、叱責すら激励と受け取るほどの「鈍感力」も必要だ。

大嶋:研究所のテーマ検討会で所長から「運動会が終わってから走っても仕方がないよ」と酷評されたことがあります。周りの人は僕を心配してくれましたが、僕はその言葉を「もっと早く終わるように頑張れ」と励まされたのだと思い研究を続けました、と振り返った。

とはいえ、多種多様な人材と、鈍感力だけではイノベーションは起せない。研究費をはじめ、資金が必要となるのも事実だ。特に、研究が必ずしも成果を出せるわけではない以上、無担保で貸してもらえる"与信額"を増やすことが重要であると大嶋博士は言う。

振動ジャイロの開発経緯

大嶋:手振れ補正を発明した時、上司に反対されました。しかしその2年前に振動ジャイロの新規テーマを起案し所長の信用を得ていたので、なんとか所長に試作機の製作費を出してもらいました。それを元手にアメリカから部品を輸入して手振れ補正の試作機がつくれたんです。

さらに、手振れ補正が成功してからも、次のテーマで成功するたびに与信額が5倍、10倍、20倍と増えていったという。自分の与信額を増やすことにより研究に必要な予算を確保することで初めて、多様性のある人材が活かされ、鈍感ともいえるひたむきな姿勢で、イノベーションを立ち上げることができるのだ。

熱い想いはあるか?

イノベーションを起こそうとすると、既得権益の侵害を恐れる周囲からの抵抗がつきものだ。大嶋博士の代表的な発明も、かなりの反対を受けたことを明かした。

イノベーションに対する抵抗の強さの図解

大嶋:新しいことをしようとすると、必ず反対意見がでます。「人間はつねに自分に理解できないことは何でも否定する」と哲学者のパスカルも言っています。新しければ新しいほど、イノベーティブであればあるほど強く反対されます。発明してから30年後に5Gに採用された高速デジタル通信技術も、⼿振れ補正と同様に既存の技術を担当している技術者からかなり反対されました。高速デジタル通信技術の研究をしようとした1989年当時は、日本ではアナログ放送・アナログ通信が当たり前だったので「正気の沙汰じゃない」とまで言われ国内での学会発表が禁止されました。それでもデジタル通信の時代が来ると信じて欧州や米国の学会で発表したり、海外の研究所を訪問したりして、通信分野では世界でトップクラスの研究者と交流し研究活動を続けました。様々な人に反対されましたが、「これだけ反対されるのだから誰もやっていないだろう」と気持ちを切り替え、世界初を狙うことにしました。次々と新しい方式を考え特許や論文を出していきました。後で、特許調査したところデジタル放送や3G〜5Gのデジタル通信に関して、特許の出願日がいちばん早かったため基本特許(200件)をとることができました。このお陰で、デジタル放送規格に関しては支援を得られたこともあり、特許ライセンス料が入るとともに色々な賞をもらうことができました。
これに対して、携帯電話用のデジタル通信技術の方は抵抗が激しく、中止だけでなく、出願特許を取り下げる命令まで一時は出ていました。この時は、これほど徹底的に排除される理由がわかりませんでした。30年経った今、私の発明の技術史上における重要性がわかりましたが、1989年当時はまだ携帯電話は第1世代(アナログ方式)で第2世代(デジタル方式)の携帯電話の通信方式を開発しようとしていました。一方、私が発明した方式は、第3世代の適応変調、第4世代の高速OFDM、第5世代の超遅延といった、2世代先、3世代先、4世代先の中核技術となった通信方式で、今回の叙勲対象になった技術です。つまり、デジタル放送技術のように1世代先であれば、さほど抵抗は強くないのですが、将来的なテーマになるに従い抵抗が強くなり、3世代も4世代も先の世の中を変えるような破壊型イノベーション型のテーマは、既存技術の専門家の支持を受けられないこともあり排除されてしまうのだと思います。

さらに、周囲の反対を受けた研究を勤務時間中にするわけにはいかなかったため、手振れ補正の場合と同様にデジタル通信も休日や終業後の時間を自主的に使って研究したと言う。身を削るほどの強く熱い想いで反対意見を押し切ることで初めて、常識を覆すようなイノベーションが可能となるのではないだろうか。

目利き力を鍛える成功体験こそが、今の若手に必要

周囲の抵抗をものともしない熱い想いと好奇心を持った若手が挑戦を繰り返し、イノベーションを成功させることが重要であると大嶋博士は指摘する。

大嶋:研究やイノベーションへの熱意や発想の源は好奇心です。若い人ほど強い好奇心を持ち行動力があるので、何度も挑戦し成功体験と失敗体験を繰り返すことにより、「目利き力」のある人材に育ってもらいたいですね。彼らが目利き力を身につけることができたら、必ず明るい日本の未来を切り拓いてくれると思います。

*記事の内容は取材当時のものです。

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