Panasonic HR Feed 毎年約100人の20代社員を派遣!現地ビジネスを肌で感じる「海外トレーニー」制度とは。

堤さんと松本さんと萩原さんの対談中の写真

若手のうちに海外の拠点や教育機関での研修を通じて、現地で求められる知識や対応力、そして国際感覚を身に付ける。それが「海外トレーニー制度」の目的です。とはいえ、拠点がある国や地域はさまざま。ビジネススタイルが違えば、生活様式も、食事も、文化も、もちろん言葉も異なります。今回は営業としてタイ、システムエンジニアとしてイギリス、経理として中国、それぞれにトレーニーを経験した3人が、挑戦した動機や現地での業務、帰国後の動向などを、エピソードを交えながら語りました。

プロフィール

  • 堤 史乃(つつみ あやの)

    パナソニック株式会社 アプライアンス社 営業・マーケティング
    福岡県出身。経済学部卒。2013年入社。

    家電の国内マーケティング部門に冷蔵庫担当として配属。その後、海外マーケティング部門で半年間海外のオペレーションを学び、トレーニーとしてタイの販売会社へ2年3カ月間赴任し、家庭用のエアコンのマーケティングを担当。帰国後は、ベトナムの業務用エアコン担当として、出張ベースで現地に飛び販売会社と事業を推進している。

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  • 松本 篤洋(まつもと あつひろ)

    パナソニック株式会社 アプライアンス社 経理
    大阪府出身。商学研究科卒。2011年入社。

    本社財務部 グローバル財務統括センターに配属。その後、本社経理・財務部 経理企画室を経て、アプライアンス社 経理センターにてグローバルBS管理などを担当。着任1年後、トレーニーとして中国のパナソニックAPエアコン広州(有)へ。2年間の赴任を終え、アプライアンス社 経理センターに戻り、現在は国内の決算や経営管理の業務に就いている。

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  • 萩原 明(はぎはら あきら)

    パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 システムインテグレーション
    京都府出身。工学研究科卒。2014年入社。

    入社以来、イノベーションセンターにて一貫して画像解析を用いたソリューションの開発を担当。2年目で担当した北米向け「未成年へのアルコール販売防止ソリューション」の開発ではシリコンバレーに幾度となく出張。3年目を前にトレーニーとしてイギリスへ赴任し、主に欧州リテール業界向け「欠品検知ソリューション」の立ち上げに従事。2年間の赴任から帰国後、空港の「顔認証ゲート」の開発、運用に携わっている。

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20代で海外勤務を経験したい、それが就職活動の軸でした。

堤:2人は、いつ頃から海外に視野を向けていましたか。私は、大学2年生の時のインドネシアでのボランティア経験が転機になりました。海外で活動する面白さを感じる一方で、言葉が通じなくて話を理解できない、自分の思いも伝えられない...。本当に情けなく、悔しい思いをしました。将来は海外で働いてみたいけれど、今の自分の語学力では世界で通用しないと思って。もう、いても立ってもいられなくて、インドネシアから帰国してすぐ大学に休学届けを出して、10カ月間カナダのトロントに留学しちゃいました。

萩原:早い!すごい行動力ですね。

堤:本当にショックな経験だったんです。
しかもカナダ滞在中には、留学生との交流を通じて、今後は英語だけではいけないと思いました。なのでスペイン語も身に付けようと、一旦帰国した後に今度は大学の交換留学制度でメキシコにも留学。言語を学んでいくことで、より多くの人とコミュニケーションをとることができるようになり、得られる情報量も増えたと実感しました。
この大学での経験から、必然的に就職活動では「入社して3年以内に海外勤務ができること」が軸になりました。

萩原:私は従兄弟がアメリカに住んでいて、幼い頃から遊びに行ったりしていたので海外は身近な存在で、日本だから海外だからという特別意識はありませんでした。学生時代、留学を考えたこともあるんですが、それより電気工学の研究やサークルのバスケがたのしくて、たのしくて。海外で働くことやくらすことは自分にとっては特別なことではなく普通の選択肢のひとつといった感じでした。

松本:萩原さんは技術系ですよね。技術系で海外にトレーニーとして行かれる方は珍しいですよね。どちらかというと、研究室で専門性を突き詰めていたり、海外へも共同研究などで行くイメージが強いです。

萩原:そうかもしれませんね。私はシステムエンジニアとして入社したのですが、入社2年目でアメリカのお客さまと仕事をする機会に恵まれました。出張ベースでしたが、仕事を進めるうちにそれぞれの国の慣習やライフスタイルに寄り添ったニーズを聞き出して、ソリューションをカタチにすることに醍醐味を感じるようになりました。現地のニーズを理解するためには、現地メンバーとどれだけ深くコミュニケーションをとれるかが大事になってくるので、早めに海外勤務に出てコネクションを広げておくといいんじゃないかと考えるようになったんです。

松本:萩原さんは入社してからすぐ、日本にいながら海外との繋がりのある仕事を担当されていたんですね。
私の場合は「いつかは海外で働いてみたい」という気持ちはありましたが、結構のんびり構えていました。院卒でパナソニックに入社して本社 財務部に経理として配属されましたが、海外トレーニーを意識したのは4年ほど経った頃です。当時は工場や開発拠点が海外に移っていた時期で、30代くらいの少し上の先輩で海外経理責任者に就く人たちが増えていました。だったら、自分も早い機会に海外勤務を経験したいと思い、上司に相談しました。結果、29歳の時に中国へトレーニーとして行くチャンスをいただくことができました。

松本さんの対談中の写真

萩原:それでも決して遅くはないと思うのですが、そもそも文系で院卒という方は、そう多くないですよね。

松本:そうなんですよ。私も大学3年生の時は周囲と同じように就職活動をして、内定もいくつかいただいていました。ただ、内定承諾書にサインしながら、ふと「将来の指針が明確にないまま、このまま就職してしまっていいのかな??」と思うところがあり、一度立ち止まって考え直しました。結果、マーケティングや流通について、もっと深く学んでから就職したいと思うようになり進学を決意しました。

この決断が、私の大きな転機になりました。院に進んでから、ロサンゼルスにある食品専門商社で3カ月間インターンシップとして、現地のスーパーで店頭に立って生鮮食品の販売も経験。帰国後の大学院生活では、中国や台湾、マレーシア、インドなどさまざまな国の学生と日々ディスカッションしたり、日本文化を紹介したり、院での2年間はまさに視野をグローバルに広げるいい機会になったんです。

メーカーに、こんなに海外で働くチャンスがあるなんて。

松本:とはいえ、10年前は文系の院卒を積極的に採用している企業が少なく、就職活動は苦労しました。それに加えて、海外で働くチャンスがあることも会社を選ぶ軸にしていましたので、最終的に商社と部品メーカー、家電メーカー、外資系ITなど、パナソニックを含む8社ほどに志望企業は自然と絞られてしまいました。

堤:2度目の就職活動は、かなり苦労されたんですね。そのなかからメーカーのパナソニックを選んだきっかけは何だったのでしょうか。

松本:院に通っていた時は、ちょうど韓国の家電メーカーが急成長し始めていた頃でした。東南アジアなどの家電量販店を訪れて、その勢いを目の当たりにした時は愕然としました。韓国の製品が棚を占領していて、パナソニックなどの日本製品は隅にポツンと...。悔しかったですね。本当に。マーケティングを勉強しているんだから、学んだ知識を活かして現状を打破したい!そんな気持ちがパナソニックへの就職につながりました。

堤さんは、どうです?最初からメーカー希望でしたか。

堤:そうですね、メーカー中心に、あとは商社や金融までに絞って就職活動をしていました。基準は、海外でも事業展開しているか、若いうちに海外でキャリアをつめるか...。
そこで日本のメーカーを選んだのは、留学を通じて、日本の生活レベルの高さと世界でのプレゼンスの低さに気づいたからです。エアコンがちゃんと効いたり、トイレの便座が温かくなったりって日本では普通なことですけど、海外ではそうでもないと知り驚きました。日本メーカーの技術力をもっと海外に展開して、ゆくゆくは世界中の人々の生活レベルを向上させることができたらいいなと思い、日本メーカーを選びました。

あとは、自分の肌感覚に合いそうな企業を絞っていきました。最終的にはセミナー担当やOB・OGの方の存在が決め手でしたね。商品に誇りを持って、日本と世界の架け橋となる自分の仕事をイキイキと説明する先輩方。「こんな人と働きたい」「こんな風に働きたい」...そんな出会いがパナソニックにはありました。海外で働けるチャンスが多いというお話も、強く背中を押してくれました。

松本:私もOBから聞きました。早くに海外トレーニーへ行ったとか、2年目から海外に行きっぱなしとか。「えっ! メーカーってそんなにチャンスがあるんだ!?」って、ビックリしました。

萩原:私は大学で電気工学を専攻していたので、メーカー、しかもハードをつくっている企業が自然に選択肢に入りました。情報系やIT系も検討しましたが、人のくらしを起点に、街づくりやインフラなど長期的に社会のしくみを変えていくような仕事をしたいと思っていました。その答えが、パナソニックにはありそうだと。家じゅうのあらゆる家電をつくっている側面を持ちつつ、国内外を問わず社会インフラに関わる大きな取り組みもやっていますからね。

正直、メーカーにここまで海外で働ける機会があるとは驚きでした。実際に、2年目から出張で海外へ行ったり、3年目になる前にはトレーニーとしてイギリスで働くことになりました。

堤:やはり、希望すれば若いうちに行けるんですよね、パナソニックって。
入社前は、大企業といえど海外トレーニーで派遣される人って少ないんじゃないかと思っていましたが、年間約100人も派遣されていると聞いて驚きました。「行きたい!」と強く意志を伝えていれば、チャンスはもらえます!そして、海外へ行くまでをサポートしてくれる風土があるのも魅力です。私は新入社員からの2年間、家電の国内のマーケティング部門で、冷蔵庫の商品担当として新商品が企画されてお客さまにお届けするまでのマーケティングの基礎を学ばせてもらいました。さらに半年間、海外の販売会社のサポート業務を日本で経験した後、トレーニーとしてタイへ赴任。この準備期間が重要だったことを、現地で思い知ることになりました。

必要なのは語学力よりも、情熱とタフな対応力。

堤:私は赴任する前にしっかり準備する時間がありましたが、萩原さんは特別に研修や準備期間はありましたか。

萩原:私の場合、上司からトレーニーを打診された2カ月半後にはもうイギリスに赴任したので、海外トレーニー全体の研修には参加しましたが、堤さんが受けたような実務に沿った研修はありませんでした。でも、現地の出向者と話をする機会があり、ある程度赴任後のイメージを持つことができましたので心強かったですね。あと、出張で何度も海外へ行っていたことが、実務を兼ねた研修だったと言えるかもしれません。英語圏でしたので、コミュニケーションも特に問題なかったです。

堤さんは、タイに赴任される前に日本からの海外の販売会社のサポート業務を経験されたということですが、具体的にどんなことを担当されていたんですか。

堤:海外の販売会社からオーダーがきたら製造部門へつなぐ仕事をしました。その当時、私はアジア全般を担当していてキッチン商品やリビング商品など、多くの商品を扱っていました。もちろん赴任先のタイの事業を見込んでエアコンも担当して、現地での仕事の流れを日本側から勉強できる良い機会になりました。

松本さんは、どうですか?事前の準備はありましたか。

堤さんの対談中の写真

松本:先ほどお話したように「いつかは...」と思い、本社 財務部に配属された当初から各国のファイナンス拠点で働くことはイメージしていました。経歴としては入社から4年間、本社部門で財務や経理企画を担当した後、5年目にパナソニックの家電事業を担うアプライアンス社の経理センターでエアコン事業の経理部に配属されました。ここで事業の現場を学びながら、海外拠点の経営助成も担当しました。この実務がトレーニーへの布石になっています。1年後、エアコンの開発・製造・販売すべての機能がある中国の関係会社に経理のトレーニーとして赴任することになりました。

堤:約5年をかけて、実務を通して経験を積んでいったといった感じですね。

松本:そうなんです。ところが、赴任してビックリ!
当時、その赴任先の関係会社は経営状況がかなり厳しく、正直、そこにこんな若手が行っても...と思いました。しかし、苦しい状況だからこそ学びも多いだろうとポジティブに考えてみました。中国語を全く話せなかったので言葉の不安もありましたが、「何とかなるさ」みたいに思っていました。でも少し甘かったかもしれません。中国語で現地スタッフがすごい勢いで話しかけてくるのですが、全く理解できず「?」が頭のなかにあふれていました。これはまずいと思い、仕事終わりに語学学校に通いながら日々の仕事で使う経理財務用語を徐々に身につけていきました。言葉の機微や慣習などを理解できるようになった時は、すでに1年が経っていました。

言葉を習得するのはとても大変でしたが、何よりも赴任先には開発・製造・営業がひとつにまとまってあったので事業の経営をまるごと俯瞰してみることができました。また日本と中国の商習慣の違い、特に債権回収では苦労する事が多く、日本では経験できないような事業のシビアな現場を身をもって体感できました。そんなタフで濃密な日々が、今の自分の基礎になっています。

言葉と言えば、堤さんはどうでした?タイでのコミュニケーションは。

堤:タイではスタッフもお客さんも英語を話せる人が少なくて、タイ語が重要でした。読むのも、聞き取るのも、話すのも、とても難しいですが、喜んでくれるんですよね、タイ語で話すと。だから、ぜひ習得したい!と思って勉強を始めました。言語を学ぶことは元々好きだったのですが、文法も文字の形も日本語や英語と全然違うのでかなり苦労しました。でも、少し話せるようになるとまた会話も弾むし、どんどんタイ語が好きになりました。

松本:なるほど。私は日本で中国語(北京語)を少し勉強していったのですが、現地で使われるのは広東語がメインで、発音も意味も全く異なるので当初は大変でしたね(笑)。なので、少しずつ広東語を覚えて、実践も兼ねて現地スタッフだけでなく、現地で知りあった人と地元で人気の中華料理店に行ったり、外国人が行かないような観光スポットに行ったり...自分から積極的に交流をしました。それもトレーニーの意義だと思います。現地の言葉を流暢に話せなくても気後れすることはないです。現地で何とかなってしまうものですよね。

萩原:私の場合、イギリスが赴任先とはいえ、チームは上司がギリシャ人で同僚が台湾とザンビアの方...。英語が共通言語とはいえ、はじめはコミュニケーションしづらかったですね。お互いに何ができるのかも分からない。仕事の進め方も違う。価値観も違う。文化も違う。でも、新たなソリューションビジネスを立ち上げるというミッションと情熱はみな変わらないので、ほどなく打ち解けていきましたね。

目的意識をもって赴任すれば、成果は必ずついてくる。

萩原:私の所属するイノベーションセンターでは、技術者ならではの視点でニーズを拾い、ソリューションを具体化することができる人材育成の一環としてトレーニー制度を活用しています。私のミッションは、入社当初から携わっていた画像解析技術を使って、現地のニーズに沿ったソリューションを創出することで、実に明快でした。
当センターのトレーニーは私が第1号で、大きなやりがいを持ちながらも、「行かせてよかった」と思ってもらえるように成長しないと次の世代につながらないかも...なんてプレッシャーも感じていました。はじめは暗中模索、試行錯誤の日々でしたが、実績を重ねるうちに「画像解析のことは、萩原に聞け」という雰囲気が赴任先でできあがり、プロジェクトがどんどん進むようになりました。

松本:指名されるとか、頼られるって、モチベーション上がりますよね。

萩原:そうです、そうです。特に印象に残っているのが店舗の欠品を検知するソリューションで、商品棚をカメラで撮影していて商品がひとつもなくなったらアラートで報せるというものです。電子棚札を扱うフランスの会社と協業して取り組んでいたのですが、設置するパリの店舗に何度も出向いて試行錯誤を繰り返していたので、最終的に稼働しているのを見た時の達成感は半端なかったですね。その取り組みを通じてフランスの協業先と良い信頼関係が築けて、他の仕事もお願いしたいと声をかけてもらえたのも嬉しかったです。

松本:トレーニーとして海外に赴任したからといって自然と成長するわけではないですが、しっかりと目的意識をもって行動していれば結果はついてきますよね。堤さんはどのような経験をされましたか。

堤:家庭用エアコンのマーケティングが主な担当でしたが、赴任早々、販売研修の企画でビックリしました。というのも、日本なら当然行っているような研修のコンテンツがタイにはなかったり...。そこで上司にお願いし、事業部の方に手伝ってもらって、まずは研修資料や販促ツールをつくりました。他にも量販店の店頭づくりや販売員の教育、新製品発表会などを手がけましたが、国内マーケティング時代に学んだことをそのまま活かすことができました。以来、提案した研修スタイルもツールづくりも現地で続いているようです。

松本:それって、嬉しいですね。行った甲斐がありますよね。
私もこれまで本社での経験が長く、現場に近い経験がなかったのですが、海外会社で製造や開発・営業など幅広く経理として携わる経験ができました。

特に印象に残ったエピソードのひとつが全体集会です。経営改革をめざして体質改善を推進するため、社員800名の前でその必要性を説明してくれと社長から頼まれたんです。まだ、中国語もつたない時でしたので、冷や汗だらだら。でも、何とか乗り切ることができ、度胸がつきましたね。
私は全体の前で説明したまでで、経営陣の推進力の賜物ですが、赴任中に危機的状況から健全な経営状態へ改革に携われたことが、私には大きな財産になりました。パナソニックという大きな企業にいながら、ひとつの企業の節目に立ち会えた。日本にいたらできない貴重な経験でした。

持ち帰ったのは、次のステップにつながる志と目標。

松本:帰国後、萩原さんはどんな仕事に携わっているのですか。

萩原:トレーニーでの経験を活かして、現在、日本でも画像解析を中心としたソリューションに関わっています。すでに国内でアミューズメントパークや空港での顔認証ゲートで実績のあるソリューションを、さまざまなお客さまに使っていただけるよう、尽力しています。本当に使っていただけるものに仕上げるためにはお客さまの課題を的確につかむことが必要なので、そこに海外でニーズを引き出してきた経験が活きています。

堤:空港の顔認証ゲートは、日本に留まらず世界中の空港に入れて欲しいです。やっぱり、アジアの空港もめちゃくちゃ混むんです。移動の時、ストレスが少しでも緩和されたら、旅行や出張も、もっと快適になりますよね。

萩原:友人からも「この前、使ったよ」って言われたんですが、嬉しいものですね。これからも世界中のソリューションニーズにお応えしていきたいと思っています。
先程、私の部門で私が海外トレーニー第1号と言いましたが、以降もイノベーションセンターからトレーニーとして海外にチャレンジしている人がでています。私なりに、次の世代につながる道を描けたんじゃないかと。

萩原さんの対談中の写真

堤:私は日本の海外マーケティング本部に戻り、ベトナムの業務用エアコンを担当しています。帰国直後に海外トレーニーの研修発表をしたところ、「ぜひ『大型空調』でもタイでの経験を活かしてほしい」と依頼され、今まさに進めている真っ最中です。研修資料やディスプレイ展示もパッケージ化して、アジア各国へ展開をめざしています。タイの家庭用エアコンでできたから、他の国の大型エアコンでも。ヨコ展開へと発展させることができました。

松本:2人とも、さっそく次のステップへ精力的に動き始めていますね。私もアプライアンス社に戻って、欧州の給湯事業や中国のエアコン事業の経営管理や税務対応など、以前より広い視野で経理業務を担当しています。中国での経験を活かし、より現場に入り込んだ活動ができるようになりました。あとは、一丸となって経営改革を進めたスピード感を日本でも大切にして、働き方を変えていきたいですね。中国から戻ってきて、日本の方ができていないこともあるって気付けたんですよね。事業経営者をめざす私にとって、そんな課題が見えてきたことも収穫です。

海外トレーニーは、経理としても、人間としても、私を大きく成長させてくれました。グローバル社会と言われて久しいですが、海外勤務を考えている学生には、とっても魅力的な制度ではないでしょうか。ただし、漠然と海外で働いてみたいと思っているだけではダメ。「海外で何をしたいのか」「その後のキャリアパスをどう描くのか」そんな指針をしっかり持っていないと、キャリアにつながっていかないと思います。

萩原:そうですね、海外を軸に就職活動する学生も珍しくなくなっていますが、自分なりのビジョンをもっていれば埋もれず、きっと採用担当者にも響くと思います。

堤:私の同期やたくさんの先輩たちが「海外トレーニー」を経験して、世界中で働いています。アメリカ、パリ、ドイツ、ドバイ、南アフリカ、ウガンダ、インド、ベトナム...。各国でみんなが活躍していると思うと励みになるし、私も頑張れる。これから先、もっともっと世界に仲間が広がっていくことを想像すると、本当にワクワクしてきます。この記事を読んでいただいている学生のみなさんには、世界を舞台により良いくらしを一緒につくろうよって声をかけたいですね。

*所属・内容等は取材当時のものです。

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