パナソニックの#はたらくってなんだろう 旭日章受章 スペシャル企画Vol.3 技術者よ、大志を抱いて亜種になれ。~若手技術者との座談会~

対談する田中さん、阪田さん、大嶋さん

日本を代表するシリアル・イノベーターであるパナソニックの名誉技監 大嶋 光昭博士へのインタビューを通して、いまの日本企業に必要な変革とは何かを探るスペシャル企画の第3弾。今回は、パナソニックの若手技術者(パナソニック株式会社 イノベーション推進部門 テクノロジー本部 阪田 隆司、パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 田中 勇気)との座談会。若手が抱えている疑問や悩みに、大嶋博士はどう答えるのか?そしてパナソニックはどう変わっていくべきなのか?
イノベーションを起こす条件だけでなく、人事評価の在り方にまで及んだ話は、技術者だけでなく、パナソニックをめざす全ての人に読んでいただきたいと思います。

2021年09月

    • Facebook
    • X
    • LinkedIn

プロフィール

  • 大嶋 光昭

    パナソニック 名誉技監、イノベーション推進部門 ESL研究所(エジソンラボ)所長、工学博士、京都大学 特命教授、手振れ補正、5G通信など10件の新規技術の基本特許を発明し実用化。登録特許数は1,300件。これらの発明技術に基づき興した新規事業の累積営業利益は約3,000億円(売り上げに換算すると6兆円)に及ぶ。国内外でシリアル・イノベーター※1と称される日本を代表するイノベーター。紫綬褒章※2、旭日章受章※3。恩賜発明賞※4など受賞。著書:「ひらめき力の育て方」共著:「考え続ける力」

    ※1 "シリアル・イノベーター"の提唱者であるBruce Vojak教授(イリノイ大学)の著書でシリアル・イノベーターの一人として大嶋氏が紹介されている。
    ※2 学術、芸術、技術開発等の功労者が受章する褒章。技術開発分野では毎年5~10名受章。
    ※3 さまざまな分野における顕著な功績者が受章する勲章。科学技術分野では上記紫綬褒章の受章経験者の中から毎年1名選ばれる。
    ※4 全国発明表彰で日本の発明技術の中から毎年1件選ばれ、皇室より下賜される最高位の賞。

    大嶋 光昭さんの顔写真
  • 阪田 隆司

    パナソニック株式会社 イノベーション推進部門 テクノロジー本部 デジタル・AI技術センター、シニアエンジニア。"Kaggle Grandmaster"※5

    ※5 機械学習のデータ分析コンペの最高峰であるKaggleで上位入賞を一定回数達成した人のみに与えられる世界的に名誉ある称号。

    阪田 隆司さんの顔写真
  • 田中 勇気

    パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 イノベーションセンター 無線応用技術開発部 主任技師、新方式のマイクロ波無線給電技術の開発に従事しながら、京都大学の博士課程に在籍し博士号を取得中。

    田中 勇気さんの顔写真

目次

  1. 100人が100人とも好奇心を保つしくみ。
  2. 「知の探索」を評価する時代へ。
  3. いま探索をしないと、将来が危うい。
  4. 多様性とフレキシビリティ。そしてモデル化、ネットワーク。
  5. 1→10が得意な人は、ネットワークを構築して、出口戦略を。
  6. 今後20年は、亜種こそが大事になる。

100人が100人とも好奇心を保つしくみ。

大嶋さんの顔写真
大嶋

私は、これまでに10件の新しい技術を発明し、その基本特許をとりました。登録特許の数は1,300件になります。なぜ特許の数が多いかと言うと、無線研究所※6で学んだ「出口戦略」のおかげだと思っています。研究する段階、つまり入り口で、将来の出口を考えた上でテーマを選んだので、具体的な市場に結びついたのだと思います。

※6 1962~1989年に存在し数々のイノベーションを生み出したパナソニックの研究所(所員数:500名)

私が発明した10件の技術※7を大きく捉えると3つのジャンルになります。1つは、ジャイロセンサーの発明とその応用である手振れ補正の位置技術、次は、5G通信やデジタル放送などのデジタル通信、3つ目は、ディスクID、光IDやQRコード決済、IoTなどのID技術(個別識別認証)になります。そしてこれらは現在でも主流の技術で国際規格にも使われています。今は4番目のジャンルとして新しい物流システムを開発しておりますが、さらに発展させた自動車関係のテーマにも挑戦しようとしています。次の次まで考えているので、あと10年ぐらいは何か新しいことに挑戦できそうな気がします。
イノベーターとしての寿命が長いのは好奇心がまだ続いているからです。好奇心が無くなったら技術者もイノベーターもみんな終わると思います。

※7 10件の発明と規格化:振動ジャイロ(主流方式)、手振れ補正(主流)、省電力CPU(2相クロック方式)、デジタルTV放送(日米欧規格化)、デジタル通信技術(3G~5G規格)、光ディスクID(規格化)、海賊盤防止(任天堂Wii等)、3D映像符号化(規格化)、IoT家電(主流)、光ID技術(可視光通信規格化)

田中さんの顔写真
田中

好奇心ってたぶん若い時は誰でも持っているんですけど、年齢や経験を重ねるごとに枯れてくる人もいると思います。一方で、大嶋さんみたいに好奇心をキープし続けていらっしゃる方もいます。その違いは何でしょうか?

大嶋さんの顔写真
大嶋

好奇心を維持するには、「知の深化」(既存の技術や事業)だけでなく、「知の探索」(イノベーション)もある程度取り組むことで好奇心を刺激することが大事だと思います。

田中さんの顔写真
田中

なるほど、新しいものに触れ続ける機会を自分で作らないといけない。

説明する大嶋光昭博士

名誉技監 大嶋光昭博士

大嶋さんの顔写真
大嶋

そうですね。若い時は好奇心があるからいいのですが、年をとっても好奇心を持続させることができれば、いつまでも技術者として成長を続けられると思います。定年が65歳として、その年齢まで好奇心を持続させるようなしくみができればいいと思います。

おそらく好奇心は脳の回路の一部なんですね。「廃用委縮」といって使わない器官はどんどん劣化します。筋肉だって1カ月使わないと衰えてしまう。脳も使わないと回路が錆びて酸化してしまいます。一旦酸化するとなかなか復活するのは難しいですね。好奇心を定期的に刺激することが大事です。もちろん時期的に立場的に好奇心を使わない期間もあるかもしれないけれど、ある程度仕事の内容をコントロールしてあげて3年に1回でも好奇心を使う仕事をするように配慮してあげれば好奇心が持続すると思います。

好奇心があるといいのは、研究に対するものだけではなく挑戦する意欲も増えるんです。先日、有名な登山家がTVのインタビューで、「私が高い山に挑戦するのは山の頂上に登ったらどんなものがあるのだろうという好奇心があるからだ」と言ってました。このように好奇心さえあれば挑戦もできるし、研究成果も上がるし、良いことづくめじゃないですか。意外と好奇心という単純なパラメーター1個でイノベーションに関する全ての問題が解決するかもしれないですね。私もたまたま無線研究所のような自由闊達な環境にいたので、好奇心を持ち続けることができましたが、私のように恵まれた環境にいた人は、会社全体では100人に5人ぐらいしかいませんでした。そうじゃない95人を含めた100人全員が好奇心を保つような取り組みをしないといけないですね。やはり新たな人事制度が必要な時代になったのかもしれませんね。

私の友達に43歳という若さでフィリップス社※8のフェローになったケース・ファン・ベルケルという人がいて、この間オランダで彼と会った時、人事評価の議論をしたんです。フィリップスでは人事の評価制度が2つに分かれていて、専門職用のテクニカルラダーと管理職用のマネジメントラダーという別々の賃金体系があるそうです。テクニカルラダーというのは、専門職の人の賃金体系でパナソニック始め日本企業にはあまりないしくみですが、欧米の一部の先進企業では導入されています。例えば、技術者が博士号をとるとマネジメントダラーからテクニカルラダーに移行するため給料が上がると言っていました。技術者の専門職でも副社長クラスの処遇にできる賃金体系になっていて、高位の技術者は、専門職でも高位のマネジメント職と変わらない処遇まで行けるようなしくみが導入されています。

私が若い頃、社内に非常に優秀な技術者がいたのですが、30歳後半で部長になると技術の最前線の仕事はしなくなった。そうすると、やはり好奇心がなくなってしまい学会発表もしなくなりました。私は優秀な技術者や専門家は部長や所長のような管理職にせず、専門職として技術の仕事を続けさせた方がいいと思います。もちろん本人がマネジメントをやりたい方だったらそれはそれでいいのですが、研究をやりたいのに無理に管理職にしてマネジメントをやらせるのはもったいないと思います。最近、当社も専門性に応じた職位や管理職と同じような処遇を定めた専門職制度を充実させましたので、専門職として活躍する若手技術者が今後増えていくと思います。

※8 フィリップス社:オランダを本社とする多国籍企業。欧州を代表する電気機器メーカー 売上:195.4億ユーロ(2020年) 従業員数:8.1万人。選択と集中による事業の再構築により世界の主要電器メーカーの中で最も利益率が高い企業に変身。

「知の探索」を評価する時代へ。

田中さんの顔写真
田中

「知の深化(既存)」をしている人は周りから見ても分かりやすいから評価されると思うんですよ。でも「知の探索(新規)」をしている人は周りから見たら、何をやっているかわからない印象になって、あまり会社で評価してもらうことは難しいと思うんです。評価のしくみを変えないといけないのはもちろんですが、同時に、エンジニアもアピールしないといけないですよね?

今後の「知の探索」の進展を説明する図。2000年から2020年にかけてはイノベーションがなくても生き残れた時代であったが、2020年から2040年にかけてはイノベーションがないと生き残れない時代となっている。イノベーションを進展させるためには、「知の探索」を行う必要がある。

大嶋さんの顔写真
大嶋

その通りです。これまではイノベーションを起こさなくても会社が潰れることがなかったため、一般的にイノベーターのような「知の探索」を進める人は、なかなか評価されませんでした。しかし、これからの20年の変革期は、確実に「知の探索」にシフトしますので、「探索」つまりイノベーションを行えない会社は生き残れません。このため「知の探索」を評価する新しいしくみを別に作る必要があるのです。別につくる理由は、人を評価する上で、「深化」と「探索」では評価の加点と減点が全く逆になるのでこの相反する2つの評価は、これまでのひとつの評価体系では対応できないからです。

私見になりますが、私が活動した若いころ(1960~1990年)は、パナソニックが「両利きの経営」をしていたと考えています。この頃、私がいた無線研究所では80%の人が「知の深化」(既存領域)を行っていました。そして残りの20%の人が「知の探索」(新規領域)に取り組み、次々とイノベーションをおこしていました。この研究所では互いに相反する2つの文化の人が、それぞれ別の尺度で評価されたので「知の探索」の人もきちんと評価されました。まさに「両利きの評価」をしていたといえます。「知の探索」の方は、実際の成果に見合うほどには評価されなかったかもしれませんが、少なくとも研究所内では「深化」の人だけでなく「探索」を行うイノベーターもリスペクトされていました。

イノベーターのような「探索」の人の評価に関しては、処遇されることも大事ですが、私はリスペクトされることの方がもっと大事だと思います。なぜならイノベーターがリスペクトされない組織では、絶対にイノベーションが起こらないからです。ただ、昔と違い今の時代は、リスペクトだけでは若い人はついてきません。このためリスペクトすると同時に、処遇してあげることも大事です。今後、「知の探索」つまりイノベーションに関して企業間の競争が始まります。数少ないイノベーターの獲得競争も活発になるでしょう。「探索」も重視する評価システムに先行して切り替える企業がイノベーションでも先行できますし、逆に、この評価の切り替えに乗り遅れた企業はいつまでもイノベーションが起こらないため、生き残れないと思います。

ところで、こうしたことを踏まえると、「探索」をやる人にとって、現在の評価システムはかなりリスキーです。これは単なる開発のリスクに加えて、評価のリスクがあるからです。一般的に「深化」型の人は「探索」型の人をなかなか評価しません。これまで「深化」の人を評価してきた人が、いきなり頭を切り替えて「探索」をやっている人を評価できるようになると思いますか?無理ですよね。人事の方も一生懸命やってらっしゃるんですけれど、これまでの「深化」の人を評価していた同じ担当者が評価する限り、頭の中は切り変わらないものです。「探索」型を重視する評価制度では、これまで減点して50点の評価をしていた「探索」型の人を、加点に切り替え80点に評価変えするわけだから、そう簡単には変えられないと思います。だからこの切り替えが難しいんですね。

阪田さんの顔写真
阪田

何か変わらなくてはいけないという雰囲気を私の周囲では感じることが増えてきているように思いますが、大嶋さんとしてはどう思われますか?

大嶋さんの顔写真
大嶋

恐らく経営層の方はこういうことをよく分かっていらっしゃるから、上からはイノベーションをしろとか「知の探索」をやれとか言いますよ。でも下の組織に行くほど薄まってきます。誰もが「知の探索」を評価できるというわけではないんですよ。これは先ほどいいましたように人間が簡単に頭を切り替えることができないからです。だから「探索」を志す人はそれを評価できるリーダーや上司に付くことが大事です。「探索」を担当する部門は上司をそういった頭を持った人たちに切り変えていく。それが正攻法ですね。例えば阪田さんや田中さんみたいに若くて優秀な人が早く課長待遇の専門職になればそれでいいんですね。そうするとたぶん「知の探索」をしている人も評価できるでしょう。そうすることによって会社全体が変わっていくと思います。私は今回導入された専門職制度がひとつのきっかけになると期待しております。

田中さんの顔写真
田中

なるほど、確かにその通りですね。ところで「知の探索」をしている若手を大嶋さんが評価されるとしたら、どういうところを見られるんですか?

話す田中勇気さん

パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 イノベーションセンター 田中 勇気

大嶋さんの顔写真
大嶋

いろいろなタイプの方がいるから難しいですよね。ただ言えることは誰もやっていないことをやっているかどうか、そういう意欲や思いを持って挑戦しているかどうかで私は評価しますね。

誰でも、なんでもかんでもイノベーションをやっていいと僕は思わないんです。僕が若い頃は営業利益が10%以上※9あったから、打率が1割5分の人でも打席に立ってホームランを狙うことができました。しかしいまの数%の営業利益で考えると、みんなに空振りしても構わないからどんどんやっていけとは言えない状況です。1割5分のバッターにホームランを打たせるのはリスクが高いから、「ちょっと君は待ってくれ」ということになります。挑戦させるのはやはり3割バッターです。そうしないと会社が潰れます。ただ打率が3割以上の人を見極める目利きが難しいですね。従って目利きができる人を上に持ってくるということが必要です。

※9 1984年の営業利益は12.6%

田中さんの顔写真
田中

大嶋さんにもそういう目利きのできる上司がいらっしゃったんですか?

大嶋さんの顔写真
大嶋

そうですね。私の時代は営業利益が良かったから「深化」も「探索」もみんなが挑戦する人ばっかりだった。しかも無線研究所という特殊な、「知の探索」専門の研究所にいたから。当時の部長クラスは、ZNR※10やダイレクトドライブターンテーブルといったイノベーションの成功体験のあるそうそうたるメンバーでみんな目利きができました。目利き力というのは成功体験と失敗体験を繰り返し経験して初めて身につくものだからです。

高度成長期という時代に恵まれていたし、配属された職場にも恵まれていたし、上司にも恵まれていた。だから私がこれまで来られたのは上司や環境の要因が大きいです。もしなかったら普通の凡人で終わっていたんです。逆に言うならばパナソニックには優秀な方が多いから「知の深化」をやっていたら目立たず、凡人で終わっていた。上司が私の適性を見て「知の探索」をやらせることにより、そういう凡人に終わらせない配慮をしてくれた。口では簡単に言えるんだけれど、どうやるかは非常に難しいです。難しいから誰もやらない。そうすると全然良くならないから、これからは、制度として「知の探索」の適性がある若い人を見つけて、その人が変身するための何らかのきっかけを与える施策がいるんでしょうね。

※10 Zinc-Oxide Non-liner Resistor(酸化亜鉛非直線抵抗器)の略称で、当社が1968年に開発した電圧依存性抵抗器の商品名(登録商標)。サージ電圧を瞬時に吸収し、電子機器を破壊から保護する目的として、OA機器、通信機器、家電製品、自動車はもちろんのこと、電気を運ぶ送電線などあらゆる分野のさまざまなアプリケーションに数多く使用されている。

いま探索をしないと、将来が危うい。

阪田さんの顔写真
阪田

ところで、大嶋さんが博士号を取ろうと思ったきっかけは何だったんですか?

大嶋さんの顔写真
大嶋

先輩ですね。同じ研究室にいる先輩技術者が苦労して博士号を取ったんです。その先輩から「君もとらないといけない」と言われました。そこでまず論文を一本取ろうと、国際学会に発表して通ったんです。

阪田さんの顔写真
阪田

その博士号の話で、大嶋さんは私に「ぜひ行け」と言ってくださるんですが、やはり3年間大変そうだなと。大嶋さんのご経験からぜひ取得した方がいいというのはどういうところでしょうか?

対談する阪田隆司さん

パナソニック株式会社 イノベーション推進部門 テクノロジー本部 デジタル・AI技術センター 阪田 隆司

大嶋さんの顔写真
大嶋

イノベーションの定義のことになりますが、イノベーションは技術で言うとやはり「世界初」が必須。世界初であれば自動的にインパクトファクター※11が高い学会誌に論文が通ります。大学や分野によりますが、論文が3本通ったら博士の最低条件を満たしますからね。ですから、ほっといてもドクター取れるんですよ。余分な苦労をせずに取るにはやはり「世界初」のことをやればいいということです。

※11 学会誌の影響度、被引用数等のレベルを測る指標

阪田さんの顔写真
阪田

やはり博士課程で研究をするんだったら全く新しいことをやるべきということでしょうか?

大嶋さんの顔写真
大嶋

誰もやったことがないことをやればいいと思いますよ。これから、ますます「知の探索(新規)」が必要となります。パナソニックを含めて日本の成熟企業に言われていることは、少し「知の深化(既存)」に偏りすぎているところがあって、バランスが良くないんですね。だからGAFAに負けた。景気が悪いと経営者としてはどうしても「知の深化」に行ってしまうんですよ。だって「知の深化」に行けば来年度・再来年度の成果は必ず出るじゃないですか。ところがそれをやって「知の探索」つまりイノベーティブなテーマを減らしてしまうと、バランスが崩れて5年先が危うくなる。そのバランスをとることがとても大事であると言うのが「両利きの経営」の骨子ですね。

阪田さんの顔写真
阪田

どれぐらいのバランスが良いんでしょうか?

大嶋さんの顔写真
大嶋

各企業によっても業種や業績によっても違うでしょうね。ただ一般的に日本企業全体は「知の探索」の比率を増やすべきです。「知の深化」だけで行くと中国、韓国や東南アジア諸国に追い上げられるじゃないですか。やはり「知の探索」で、誰もやっていない、核となる技術やサービスを持っておかないと、将来が危うくなるんですね。そういった中長期的なスパンで物事を見ないと。

しかし、これは私たちの階層の人間が考える問題ではないんですよ。「両利きの経営」というのは経営層の問題ですからね。経営者が判断する、ということなんですね。

笑顔で話す大嶋光昭さん

田中さんの顔写真
田中

一方、個人レベルでも「知の探索」をしっかりしていく意識を持つべきだと?

大嶋さんの顔写真
大嶋

そうですね、会社全体が「知の深化」をやっている場合でも、全ての研究所や研究室が「深化」をやるというわけではないです。いくら会社の全体方針が「知の深化」であったとしても、研究者レベルでは「知の探索」をある程度やるべきだと思います。しかもそれは若い人が積極的に挑戦すべきだと思います。年齢の高い人というのは、一般的に「知の深化」をやってきた人が圧倒的に多いから価値観も全部そっちの方に向かっていて、人間って急に頭を切り替えることは難しいと思います。50歳まで「知の深化」をやってきて、50歳から「知の探索」に切り替えられるかというとはっきり言って無理です。従って若い人が中心になると思います。もちろん、年齢が高くても若い時からずっと「探索」をされてきた人は別ですが。

田中さんの顔写真
田中

事業場によっては、業務時間の何パーセントを自分の好きなことに割り当てたりしても良いという制度を設けたりもしていますが、そういった取り組みは有効でしょうか?

大嶋さんの顔写真
大嶋

私が見る限りあまり有効ではないですね。指導できる人がいないからです。各人が好き勝手にやっても成果は出ないです。そこに誰かロールモデル(模範)となる先輩がいればいいんですよ。例えば15%好きなことやって成功するのは20人にひとりぐらいです。その成功した先輩の方が新しい技術や事業を作り、その成功したノウハウやパターンを後輩にモデルケースとして伝授する。何といってもやはり成功例ですね。私も先輩の成功例を見てそれを真似したに過ぎないんです。

私の上司は高橋賢一さんと言って世界最高のスピーカーを作ったり世界に先駆けてMPEGを開発したりしたすごいイノベーターなんですけれど、その人の下でずっと仕事の進め方や考え方を見ていましたからね。私は高橋賢一さんと同じ方向を歩んでいるに過ぎないのです。ただ彼も、私の同僚と同じで40代後半でマネジメントをする立場になってしまってそこで止まっちゃったんです。今から考えるとラッキーなことに私の方はマネジメントする立場にはならず、専門職として「知の探索」に集中することができました。もし私が早い時期にマネジメントをする立場になっていたら、それ以降、「探索」の仕事は何もできなかったと思います。やはり先ほどのように優秀な技術者はマネジメントをやらせないで専門職としてずっと研究をやらせるべきで、そして専門職の人にも給料をちゃんとあげてあげるフィリップス社の「テクニカルラダー」のような新たなしくみが今後、日本企業に必要になりますね。そう言う意味では、先程述べましたように、パナソニックでは今年度から高度専門職制度がアップグレードされ、専門職の技術者をマネジメント職と同等に処遇されることは、大きな前進だと思います。将来的には最高位の技術専門職の人がフィリップス社のように副社長に近い処遇がされるようになると思います。また、フィリップス社にいた私の友人のように40歳前半でフェローになり、役員なみの処遇を受ける技術専門職の方が登場する時代もくると思います。

多様性とフレキシビリティ。そしてモデル化、ネットワーク。

阪田さんの顔写真
阪田

自分は1(新しいアイディア)を10(完成した技術)にするのはすごく得意だと思っているんですが、一方で0から1(新しいアイディア)を生み出すのはすごく苦手意識があります。そこに必要なのは、やはり好奇心でしょうか?

大嶋さんの顔写真
大嶋

そうですね0→1(無から有)に必要なのは好奇心でしょうね。

阪田さんの顔写真
阪田

好奇心にも色々あるような気がして、例えば、ひとつの事に夢中になるのと、色々なことに興味を持つこと。イノベーションという観点では、いろんなことに興味を持たないと難しいんでしょうか?

大嶋さんの顔写真
大嶋

やはりイノベーションを起こそうと思ったら、ひとつの課題であったとしても多面的な見方が必要になります。分野によっても違いますけど、色々な観点で物事を見る必要がある。その意味で多様性が大事なんです。もうひとつは、フレキシビリティ。多様性とフレキシビリティ、私はこの2つが「イノベーション」には大事だと思います。

阪田さんの顔写真
阪田

なるほど、その2つだけですか?

大嶋さんの顔写真
大嶋

例えば私の専門分野である無線技術にも多様性が活きているんです。現在5Gで活用されているMIMOという技術は、一般の無線通信からの発想じゃないんです。元々は地質探査の技術をヒントにしたと言われています。全然違う分野ですよ。これこそ多様性から生まれている。

もうひとつは、単にその分野の知識をもっているだけじゃだめなんですね。その知識間のリンクをしなければいけませんから知識間の隔壁が低いことが大事です。これがフレキシビリティです。日本では「たこつぼ型」が多いと言われており、専門家ほど分野間の隔壁が高くなります。だからせっかく知識があっても隔壁が高いから他分野の知識とリンクしない。隔壁が低い人はフレキシビリティがあります。頭が柔らかい人って発想がパッと飛ぶじゃないですか。それは隔壁が低いからです。ある意味で「カオス状態」ですね。

阪田さんの顔写真
阪田

それは大嶋さんが「リンク力」と言われているものですね?

大嶋さんの顔写真
大嶋

そうですリンク力です。リンクするためには、隔壁が阻害要因となります。隔壁が低ければ人間って「カオス状態」になることができるんです。

阪田さんの顔写真
阪田

それは日ごろからいろんな観点で物事を見る、ある意味訓練みたいな。

大嶋さんの顔写真
大嶋

そうですね、だから好奇心が強い方が良くて、いろんなことに興味があると、さまざまな分野の知識が次々と頭の中に入ってくるわけです。まずそこが大事で、次に大事なのが「モデル化」。知識だけではリンクしない。やはり深く考えるというか、本質的な部分をとらえることが非常に大事で、知識だけじゃだめなんです。好奇心の強い人は、しつこく考えるからそれをモデル化しちゃうんですよ。

例えば私が、5Gなどに採用されたデジタル通信の基本特許を30年前に発明した時も、まず通信の基本原理を専門家に聞いてみました。頭の中でなるほどこういうことになっているのか、と教科書の言葉ではなくて自分の言葉で考えたのです。そうすると自分のモデルができます。それは人に説明できないからあまり役に立たないんだけれど、ただ間違ってもいいから自分なりのモデルを作ることが大切なんです。別に学会発表に使えなくてもいいんです、自分なりのモデルを持っておく。そうするとそのモデルと全く別の知識の間にリンクが発生し、イノベーションが生まれる。他人が考えたモデルを覚えるのではなくて自分なりに解釈したモデルを作るのです。そうすることによってイノベーションを起こせます。

田中さんの顔写真
田中

でもなかなかそれができないと言うか、難しいですね。

大嶋さんの顔写真
大嶋

どんどん訓練していったらいいんじゃないですか?

田中さんの顔写真
田中

技術者であれば、できたものを分解すると言うか、例えば光ID※12もローリングシャッターを使うんだなぁと後で思いつくことはできるんですけれど、何もないところからは思いつかない気もするんですよね。

※12 大嶋博士が2012年に基本特許技術を発明したスマートフォンのカメラで光通信データを受信できる可視光通信技術。IEEE802.15.7-2018として国際標準化された。(商標名:リンクレイ)

大嶋さんの顔写真
大嶋

うん、何もないところからは思いつかないよ。僕もたまたまローリングシャッターを研究している人を見てその時にパッと思いついたんです。

田中さんの顔写真
田中

どこか頭の中にその技術のモデルがあったからそれができたんですか?

大嶋さんの顔写真
大嶋

その通りです。技術者は引き出しをたくさん持っておくことですね。確かに手振れ補正を開発したので、撮像素子の技術モデルは頭に入っていました。2012年当時私は、スマートフォンのカメラを使って可視光通信を受信する方法を探索していましたが、九州に出張した時に、たまたま私の弟子がローリングシャッター型の撮像素子の映像ノイズを消す技術を開発しているのを見て、「あ、これは使えるな」と思ったんです。こうした偶然の出会いもあって発明が生まれました。そういう意味ではネットワーク力というか、いろんな人との付き合いが必要。僕は廊下で出会っても、必ず今何をしているか聞きます。こうしてチャンネルを増やしています。人と出会うたびに話を聞くから、普通の人よりも人と接触する回数が数十倍多いと思う。

田中さんの顔写真
田中

その引き出しの中には課題意識がいっぱい入っているわけですか?

大嶋さんの顔写真
大嶋

引き出しには課題と答えの両方が一杯入っています。あと先日の入山章栄教授※13との対談(旭日章受章スペシャル企画Vol.2)で先生が言われたように観察力も重要です。

何かあった時に感受性も大事なんですね。同じ実験結果を見て何も感じない人もいますが、敏感な人もいる。やはり感受性の差じゃないかな。私は何か変わった事象に出くわす度に、「これは神様が私に与えてくださった素晴らしいチャンスではないか」と毎回思ってしまうんです。

※13 「両利きの経営」の監訳者、早稲田大学ビジネススクール教授

田中さんの顔写真
田中

アイディアにつながるのはちょっとしたきっかけなんですね。

大嶋さんの顔写真
大嶋

非常に珍しいことにあった、とかいう時にそういう場合が多いですね。

1→10が得意な人は、ネットワークを構築して、出口戦略を。

阪田さんの顔写真
阪田

社内で新しいことをやろうとしたとき、「それをなぜうちでやる必要があるのか」と問われることが多いような気がします。そこについてはどう思われますか?

大嶋さんの顔写真
大嶋

その話はよく聞きますね。なぜうちでやるかと聞かれるということは、出口(市場)を十分理解してもらえていないんでしょうね。やはり上司の方は「深化」型の経験者が多いから短期の視点で見られることが多いと思います。僕らが活動した30年前と違って、営業利益率が低くなってたから、「探索」をやる時は出口をしっかりと考える訓練をしておかないといけない。

阪田さんの顔写真
阪田

「この技術が世に広まればこうなる」というイメージを自分の中でしっかりと持っておくことですね。

大嶋さんの顔写真
大嶋

たぶん自分の中に最終イメージがなかったら、他人を説得できないと思う。上司の方は評価が簡単で、そういう自信があるかどうかで見るだけでよい。僕らのときはそうでした。30年前(1990年)、現在の5Gのデジタル通信の基本特許となる技術を発明した時、予算を取りに研究開発の担当役員に説明に行きました。その役員は材料技術の専門家だから絶対にデジタル通信の最新技術が分からないと思うんだけれど、1時間くらい最後まで説明を聞いてくれた。それで予算のOKを出してくれた。最近になって、その役員に聞いたんです。そうしたら「材料屋の私にそんなことが分かるはずがないじゃないか、私はずっと君の目を見ていたんだよ。君が本当にやる気があるかどうか、目を見て確認して、本当にやる気があると分かったから予算を出したんだ」と言ってくれました。それでいいんですよ。

田中さんの顔写真
田中

だからこそ技術者は自分の中に「確信」を持っておかなくてはいけないんですね。

大嶋さんの顔写真
大嶋

そうです。そこで潰されるようでは駄目です。上司としては簡単で、そのぐらいの気持ちだったらやめておけと言うのは当たり前なんです。上は別に技術は分からなくていいんです。本人がどれだけやる気があるか、どれだけ研究したいかなんです。昔はそうでした。今も、少しぐらいは当たってるんじゃないですか?

田中さんの顔写真
田中

難しいですよね。なかなかそれができる技術者って少ないんじゃないかなと思います。

大嶋さんの顔写真
大嶋

逆にそういう技術者がいないと会社というのは残っていけないと思うよ。そんな人がいたら生き残れるような気がするでしょう?だからやはりそういう若い人を養成していかないといけないと思います。

対談する田中さん、阪田さん、大嶋さん

阪田さんの顔写真
阪田

技術力とはまたちょっと違う軸のような気がします。

大嶋さんの顔写真
大嶋

それは挑戦力ですかね。例えばノーベル賞は基本的に挑戦力なんですよ。高い目標でも能力のある人が挑戦すれば必ず成果は出ます。今の問題は能力のある人が挑戦しない。阪田さんなんか能力のある人だから、もうちょっと挑戦した方がいい、あまり挑戦していないともったいない。

阪田さんの顔写真
阪田

仕事では自分なりに色々挑戦してるかと言われると、「もう少しあと一皮むけないといけないな」という感もあります。

大嶋さんの顔写真
大嶋

データサイエンティストの道を進むのならばそれでいいのかもしれないけれど、阪田さんは「モデルを作る」という素晴らしい能力があるのだから、それを大いに活かして欲しい。ちょっと方向を変えても面白いと思います。阪田さんの能力は色んな所に転用できるので、業務に結びつけないと、もったいないですよ、もう少し出口系を考えたら?

阪田さんの顔写真
阪田

そこをどう結びつけるかが自分の中での課題。自分の持っている技術をこの会社で100%活かすにはどうしたらいいか、ということを最近よく考えていて。

大嶋さんの顔写真
大嶋

それはもう少しいろんな人と交流し師匠を見つけて聞いたらいいんです。今まだ33歳だからね、これが転機でこれから10年の課題ですね。

阪田さんの顔写真
阪田

ネットワークを自分なりに作っていくということですね。

大嶋さんの顔写真
大嶋

ネットワーク力が大事です。あまり強くないようですが、社内には2万人近い技術者がいていくらでも師匠がいるからその人達を活用したらいいと思いますよ。

今後20年は、亜種こそが大事になる。

大嶋さんの顔写真
大嶋

ここで対話させてもらった阪田さんと田中さんは、パナソニックの技術者を代表する方達ですけれど、多様性が一番大事であって、技術レベルは一定レベルあれば、あまり関係ないんですよ。今後の20年間に来る変革期においては、生物の進化論と一緒で、「強い種が残るわけじゃない。もっとも賢い種が残るわけでもない。最も変化に対応できる種が残る」という意味です。ひとつの尺度ではなく、自分の新たな道を開かれたらその分野で新しい道を見つけて、誰もやっていない所に行ったらそこで世界でトップになります。自分の新たな道を見つける際には、多様性が技術者の優劣を決めると思います。そして挑戦することです。多様性も挑戦力も好奇心が源です。

結局、大事なのが「多様性」と「フレキシビリティ」の2つです。いろんな分野を探索されて今までと違う新しい道を見つける、いろんな知見を得る、従来の概念にこだわらない。そういう方が今後の「知の探索」においては重要になってくると思います。単なる学力一辺倒の優等生の時代ではなくなったんです。

このため、変革期では優等生で居続けてはだめです。何度も言っていますが、今後は人事評価も優等生だけではなくて、そういう変わった人も評価して会社を変えていかないと、この変革期に生き残れないと思います。種の保存と同じです。それもちょっと変わった「亜種」※14というのが、環境が変わった時に生き残るんですよ。今のような変革期には「亜種」、その人たちが今後20年間に起こる「知の探索」の時代には大事になってくると思います。

※14 ある種類と似ていながら少し違いのあるもの。変種。生物学上の分類単位(subspecies)。

阪田さんの顔写真
阪田

恐れ多くも、技術者の代表という形で来させてもらいましたけれど、一口に技術者といっても私が持っている技術はごく一部で、できることも限られているので、ぜひ会社の中でいろんな技術を持たれている方々と一緒に今後のパナソニックを切り拓いていければと思います。

田中さんの顔写真
田中

やはりまだまだ自分が「深化(既存)」の領域にいるなと、「探索(新規)」の方にもっと行かないといけないなと思いました。その上で「ネットワーク」ですね。今回のように色々な分野の方々と会話させていただくことがとても大切だと思いました。力を合わせてと言うと簡単な言葉ですが、力を合わせつつ、個々人が楽しく技術開発に取り組んでいけるといいなと思いました。

田中さん、阪田さん、大嶋さんの集合写真

〈関連リンク〉
3,000億円の営業利益を生み出した男・大嶋光昭とは何者か?

*所属・内容等は取材当時のものです。

パナソニックの#はたらくってなんだろう 一覧へ